量子インターネットの基本的な伝送速度-伝送損失トレードオフ

東 浩司1 水谷明博2 Hoi-Kwong Lo3
1量子光物性研究部 2大阪大学 3University of Toronto

 量子インターネットは、量子多体系の時間発展のシミュレーションや、地球上の任意のクライアントへ、量子テレポーテーションや量子鍵配送などの量子通信を提供することを約束する。量子インターネットの最も基本的な機能は、ネットワーク上の任意の2地点間[図1(a)のAB]に量子もつれ、あるいは(秘匿通信用の)秘密鍵を効率的に提供することにある。
 本研究で私たちは、このような任意の量子インターネットプロトコル[図1(b)]に対し、ネットワーク上の通信路の特性だけで決まる一般的な理論限界を導出した[1]。この理論限界は、単一通信路の秘匿通信容量や量子通信容量の上界であるTakeoka-Guha-Wilde (TGW)限界[2]を一般化することで得られた。したがって、本理論限界はTGW限界の「任意の通信路に対して評価可能」という特性を引き継ぎ、量子ネットワークがどのような通信路で構成されていようとも評価できる。実際、私たちはこの特性を利用し、光ファイバで構成される線形ネットワーク上で動作する量子通信方式がもち得る伝送速度と、ネットワークの伝送損失の間に存在するトレードオフ関係を導いた。このトレードオフ関係は、既知の都市間量子鍵配送方式や量子中継方式がもつそれと遜色ないことが明らかとなった。言い換えれば、この事実は、これらの都市間量子鍵配送方式や量子中継方式には、効率という観点において、もはや本質的な改善の余地がないことを意味する。また、本理論限界の別の適用例として、私たちはその理論限界を、最も有名な量子中継方式の1つ、Duan-Lukin-Cirac-Zoller (DLCZ)型方式[3]に対して適用した。結果として、DLCZ型方式が理論通り効率的に機能するためには、その方式で利用される物質量子メモリは最低0.1 ms以上のコヒーレンス時間(T2)をもつ必要があることが明らかになった。量子インターネットに対し、実用的かつ一般的な限界を与える私たちの結果は、将来の量子インターネットの潜在能力の理解を可能にする。

図1 (a) 量子ネットワーク。 (b) 一般的な量子インターネットプロトコル。プロトコルでは量子通信路、ノードにおける局所操作(LO)と古典通信(CC)を自由に組み合わせることができる。