単一電子を利用した確率共鳴

西口克彦 藤原聡
量子電子物性研究部

 確率共鳴は、ノイズを重複した微小信号が系の反応し得る閾値を超えることによって、系が微小な信号に反応する現象である[1]。これは、生態系において効果的に働いているとされており、幅広い応用を目指した電子素子による実現が報告されている。しかし、いずれも特有の帯域を持ったノイズを意図的に印加したもので、任意の環境で実現するには、閉じた系で広帯域のノイズを利用することが求められていた。今回、我々は、トランジスタの単一電子伝導に起因するショット・ノイズを利用することによって高速な確率共鳴を実現した[2]。
 素子は、単一電子を転送する細線FFT(T-FET)と電荷計(D-FET)で構成される(図1)。UGとLG2でLG1両端のT-FET細線を反転させてソース(ES)とドレイン(Node)を形成し、LG1でT-FETを流れる単一電子の流れをコントロールする。電子はNodeに注入され、その電子をD-FETに流れる電流IDの変化で検出する[3](図2)。この電子注入はVLG1とES電圧VESで制御が可能なT-FETに流れる電流e/<δ t>(電子が注入される時間間隔δ tの平均値)に相当し非線型特性を示す。一方、個別の電子注入に注目すると、δ tのヒストグラムは指数関数的な特性となり(図2挿入図)、電子注入がランダムなタイミングで行われるショット・ノイズであることを示している。非線形特性とショット・ノイズ特性はFETの本質的な特徴ゆえ、数 nsオーダのδ tでも確認されており、これらを高速な確率共鳴を実現するために利用する。
 入力信号Sinとして矩形波をESに入力し、D-FETに流れる電流の微分値(nodeへの単一電子注入を意味する)をSoutとすると、LG1電圧を変化させたとき、特定のLG1電圧でSinとSoutの類似性(相関係数)が高くなることを確認した。これは単一電子伝導に起因するショット・ノイズによって確率共鳴が発現していることを意味する。一方、一定時間nodeに注入される電子数をSoutとした際も、確率共鳴を利用できることを確認した。この方法は、電子注入時間が10 nsでも有効であり、ショット・ノイズを用いることによって得られる高速性を示している。これらの特徴を利用することで、通常では検出できない画像信号を高速に検出し、かつ画像のコントラストを改善できることを確認し(図3)、高速で高感度なセンサへの利用が期待できる。

[1] L. Gammaitoni et al., Rev. Mod. Phys. 70 (1998) 223.
[2] K. Nishiguchi and A. Fujiwara, Jpn J. Appl. Phys. 50 (2011) 06GF04.
[3] K. Nishiguchi et al., Jpn J. Appl. Phys. 47 (2008) 8305.
 

 
図1  素子構造。
図2  単一電子転送の検出。
挿入図はδtのヒストグラム。
図3  確率共鳴による画像改善。

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