InAs(110) 表面上のIn 原子操作

鈴木恭一 Stefan Fölsch 蟹澤聖
量子電子物性研究部 Paul-Drude-Institut

 半導体デバイスのさらなる集積化、微細化、省電力化の究極として、原子スケールデバイスが期待されており、その実現に向けて、走査トンネル顕微鏡(STM)による原子操作技術の向上が求められている。原子操作はSTM黎明期より金属上やIV族半導体で行われているが、化合物半導体上での成功例は少ない。これまで我々は、InAs(111)A面上においてIn原子の垂直操作(置く、拾う)に成功しているが[1]、今回我々は、へき開により得られたInAs(110)面上において、In原子の垂直操作に加え、横方向操作(ずらす)に成功した[2]。
 InAs(111)A面では、最表面層がIn 原子で構成され、操作されるIn原子は表面再構成により生じるポテンシャルポケットに強く束縛される。これに対して、InAs(110) 面では、最表面層は同数のInとAs原子で構成されるため、表面再構成の影響は弱く、ポテンシャルポケットも浅い。その結果、束縛が弱く、非弾性トンネル励起および表面の反転非対称性により特定横方向([001]方向)への原子操作が可能となる(図1)。
 多くの化合物半導体がInAsと同じ閃亜鉛鉱型結晶構造を持っており、へき開により容易に同様の(110) 平坦面を得ることができる。本研究を契機として、今後、様々な化合物半導体や、さらには、そのヘテロ構造断面上の原子操作への発展が期待される。

 本研究は、戦略的国際科学技術協力推進事業日独研究交流「ナノエレクトロニクス」(JSTDFG)の支援を受けた。

[1] S. Fölsch, J. Yang, C. Nacci, and K. Kanisawa, Phys. Rev. Lett. 103 (2009) 096104.
[2] K. Suzuki, S. Flösch, and K. Kanisawa, Appl. Phys. Express 4 (2011) 085002.
 

図1  InAs(110) 表面上に置いたIn原子のSTM像。(a)、(b):黒点がIn原子。試料電圧-1.0 Vにて探針を表
面に近づけると、In 原子が探針から表面上に移る。(c)、(d):白点がIn原子。試料電圧+1.0 Vにて探針を
目標の原子に近づけると、In原子が表面から探針へ移る。(e)-(g):黒点がIn原子。目標原子(一番右)上
で探針-試料電圧を掃引すると、目標原子が1原子列ずつ[001] 方向に移動する。

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