ドナー原子を用いた単電子ポンプ

Gabriel Lansbergen 小野行徳 藤原聡
量子電子物性研究部

 半導体デバイスのサイズ縮小に伴い、デバイス中のドーパント原子個数が数えられる程度になり、1個1個のドーパント原子に機能を持たせるような新原理デバイスの研究が盛んに行われている。近年のナノ加工技術の進歩により、シリコンナノトランジスタ中のシングルドーパントの荷電状態の観測[1]、シングルドーパントの電子スピン量子ビットの動作確認[2]などが実現されている。
 我々は、ドーパント原子への機能付与に基づく新しいデバイスとして、複数個のドナー原子を用いた単電子ポンプの動作を実証することに成功した[3]。測定に用いたデバイスは、silicon-on-insulator (SOI) 基板上に作製したシリコン細線MOSFETである(図1左)。ゲートには2層構造を採用し、下層は、電子線リソグラフィで形成された微細な3本のゲート(LG、MG、RG、但しLGは本実験では未使用)、上層は、1つの大きなゲートUGで構成されている。また、レジストマスクに形成した60 nmサイズの開孔を通して、MGとRGに挟まれたシリコン細線チャネルの一部の領域に、砒素ドナーがイオン注入されている。単電子転送を行うために(図1右)、MGに周波数fのAC信号を印加し、RGには、固定のポテンシャル障壁を形成するための電圧を与える。VMGが小さくRGの下に障壁がないとき、電子がソースから注入され(I)、VMGを負に大きくすることにより、ドナー原子に捕獲され(II)、最終的にはゲート電界によりドナーがイオン化され、放出された電子がドレイン側に転送される(III)。図2の転送電流の上層ゲート電圧依存性に示されるように、ドナー原子を介した単電子の転送による電流プラトーが明瞭に観測された。さらに、単電子転送に寄与するドナーの個数は調節可能であり、VRGを正方向に変化させ空乏化領域を縮小することにより、増加させることができる(図2では最大6個まで)ことがわかった。また、温度依存性の解析から、砒素ドナーの活性化エネルギーを見積もることができることも確認した。ドーパント原子を用いた単電子ポンプは、ドーパント個数を増やすことにより転送電流を大きくすることが可能であり、高電流を生成する電流標準への応用などが期待できる。

[1] Y. Ono et al., Appl. Phys. Lett. 90 (2007) 102106.
[2] J. J. Pla et al., Nature 489 (2012) 541.
[3] G. P. Lansbergen, Y. Ono, and A. Fujiwara, Nano Lett. 12 (2012) 763.
 

 
図1  (左)デバイス平面模式図 (W = 80 nm, L = 100 nm)と(右)電荷ポンプ動作のポテンシャル模式図。
図2  単電子ポンプ電流の上層ゲート電圧依存性(パラメータは右側微細ゲート電圧)。

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