人工原子として振る舞う超伝導量子ビットは、制御性・拡張性への期待から精力的に研究が進められている。しかし、そのコヒーレンス時間は天然の量子二準位系である電子スピン、核スピンには遥かに及ばない。一方、これらスピン系は環境から良く隔離されているため、制御・拡張が難しい。そこで、両者の利点を取り入れたハイブリッド系の研究が注目を集めている。我々は、ダイヤモンド結晶中の窒素―空孔(NV)中心に基づく電子スピン集団を、超伝導磁束量子ビットの量子メモリへと応用する研究を進めている。まず、磁束量子ビットをNVスピン集団と共鳴させるために、ギャップ可変型磁束量子ビットを開発し[1]、両者間の強結合・コヒーレント振動の観測に成功した[2]。しかし、スピン集団のコヒーレンス時間が短く、量子情報を保存するまでには至らなかった。そこで、我々はダイヤモンド結晶に面内磁場(2.6 mT)を印加し、結晶歪のデコヒーレンスへの影響を低減することで、量子ビットに準備した任意の量子状態を、スピン集団に書き込み、保存し、そして読み出すことに成功した[3]。
図1(a)の挿入図に、励起状態を転写、保存、読み出すためのパルス配列を示す。まず、量子ビットをスピン集団から離調し、マイクロ波πパルスにより励起状態|1>qb|0>ensを準備する。次に、両者を共鳴させるスワップパルスを印加し、励起を量子ビットからスピン集団に転写する(|0>qb|1>ens)。この状態で、励起状態をスピン集団に時間Tだけ保存し、再びスワップパルスを印加することで励起を量子ビットに戻し、量子ビットの状態を読み出す。図1(a)は、スピン集団の励起状態が保存時間に対して減衰していく様子を示しており、減衰時間はT1* = 20.8 nsと見積もられた。図1(b)は、スピン集団に重ね合わせ状態|0>qb(|0>ens +|1>ens)を保存した実験結果を表しており、スピン集団に対するラムゼー干渉実験に相当する。この結果から、重ね合わせ状態に対する減衰時間はT2* = 33.6 nsと見積もられた。以上の実験から、励起確率と位相、すなわち任意の量子情報をスピン集団に保存できることが示された。
本成果は、超伝導量子ビット用の長寿命量子メモリ実現に向けた第一歩であり、今後、ダイヤモンド結晶の特性向上を図り、メモリの長寿命化を目指す予定である。
本研究はFIRSTおよびNICTの援助を受けて行われた。
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