近年、数10 nKという極低温の中性原子集団を、光格子と呼ばれる人工の結晶構造に導入することが可能となった。高い制御性を有するこの系は、量子多体問題のシミュレータとして注目されている。最近では特に、電子物性を模した、フェルミ原子による量子磁性シミュレータの実現に向けて理論・実験両面から活発な研究が行われている。中でも、京都大学・高橋義朗教授の研究室ではLieb光格子[図1(a)]を実現し、世界的に注目を集めている。二次元Lieb格子のバンド構造には、平坦な分散をもつバンド(フラットバンド)が存在し、この特殊な構造を利用した磁気秩序(フラットバンド強磁性)の発現が厳密に示されている(Liebの定理 [1])。このように、Lieb格子は、古くから理論研究の対象であったが、光格子を用いて初めて実現された。これにより、世界初のフラットバンド強磁性の観測が期待されている。
我々は、実験では多層Lieb光格子[図1(b)](層の枚数をLとする)が実現していることに注目し、層状構造が磁気秩序に与える影響を理論的に解析した[2]。その結果、層の枚数が奇数(L=2l-1, l は自然数)の場合と偶数(L=2l)の場合で磁気秩序の性質が大きく異なることを明らかにした。図2に、原子間相互作用を変化させた場合の、平均磁化(磁気秩序のオーダパラメータ)のふるまいを示す。奇数層(L=2l-1)の場合[図2(a)]には、非常に弱い相互作用でも磁化が突然大きな値を取ることがわかる。これは、1層(L=1、上述の二次元Lieb格子)の場合と同じく、フラットバンド強磁性が発現していることを示している。また、この図は、二次元系(L=1)から三次元系(L→∞)へ、磁気秩序状態が漸進的に変化することを示唆している。これにより、二次元での発現が知られていたフラットバンド磁性が三次元でも発現することが明らかとなった。一方、偶数層(L=2l)の場合[図2(b)]は、弱い相互作用領域での磁気秩序発現が抑えられ、有限の相互作用から磁化が滑らかに発達する。この磁気秩序発現に必要な相互作用は、層数が増えるごとに弱くなる。これは、層数を増やしていった極限の三次元系(L→∞)においては、偶奇の違いは解消され、フラットバンド磁性が現れることを意味している。実験では、数十層の多層系(L»1)が実現するので、偶奇性は解消され、三次元的なフラットバンド磁性の観測が期待できる。
本研究は科学技術振興機構CRESTおよび科研費の援助を受けて行われた。