酸化エルビウム単結晶薄膜におけるエネルギー移動

俵 毅彦1,3 尾身博雄2,3 後藤秀樹1 
1量子光物性研究部 2機能物質科学研究部 3NTTナノフォトニクスセンタ

希土類イオンは外界から電気的に遮蔽された4f 電子軌道を有し、母体結晶の違いなどの外部環境や温度に左右されない確定的離散量子準位を形成するため、近年量子情報操作のための優れたプラットフォーム材料として期待されている。我々は通信波長光子と相互作用しSi基板上にエピタキシャル成長が可能な酸化エルビウム(Er2O3)単結晶薄膜のEr 4f 軌道内電子のダイナミクスに着目し、量子情報操作材料として有望であることを明らかにした。

図1に作製されたEr2O3薄膜の断面TEM像と単位格子構造の模式図を示す。Si基板上に欠陥のないEr2O3単結晶薄膜が得られている[1]。この結晶中のErイオンは構造対称性から異なる2つのサイト(C2およびC3i)を占め、結晶場の違いから4f 軌道は異なるエネルギー構造をもつため、各サイトの各準位を選択的に励起することが可能である。この結晶のPhotoluminescence excitation (PLE)測定のカラープロットを図2に示す。C2サイトのエネルギー準位(例えばY3)を選択的に励起した際、同一のC2サイトからではなく、空間的に離れたC3iからのみ(Y’1-Z’1遷移)発光が観測された。これは異なるサイト間で双極子−双極子相互作用、あるいは波動関数の重複によるエネルギー移動が生じていることを示している。レート方程式解析により、このエネルギー移動時間(8 µs)はC2サイトでの発光緩和時間(100 µs)にくらべ非常に早い事が分かった。理論上量子操作はナノ秒程度で完了すると見積もられており、エネルギー移動はそれよりも十分遅いため、Er2O3は量子情報操作プラットフォーム材料として有望であることが示された[2]。

本成果は、Er2O3単結晶薄膜を用いた量子情報操作実現に向けた第一歩であり、今後、単結晶薄膜の特徴を生かした混晶化によるErイオン間距離およびエネルギー移動の制御を行い、Si基板上の量子情報操作素子の実現を目指す。

本研究は北海道大学との共同研究による成果であり、科研費の援助を受けて行われた。

[1]
H. Omi et al., Jpn. J. Appl. Phys. 51, 02BG07 (2012).
[2]
T. Tawara et al., Appl. Phys. Lett. 102, 241918 (2013).

図1 (左)Er2O3単結晶薄膜の断面TEM像と(右)単位格子の模式図。

図2 (左)Er2O3のエネルギー準位構造と(右)PLEカラープロット。