シリコン可変障壁ポンプによる高速単正孔転送

山端元音 唐沢 毅 藤原 聡
量子電子物性研究部

 単電子ポンプはクロック信号に同期して単電子を転送する素子であり、低消費電力素子、電流標準、単光子源などへの応用が期待されている。特に、電流標準応用においては高精度・高速動作が必要であるが、実用的な性能(エラー率10-8以下、GHz動作)を満たす素子は実現されていない。可変障壁ポンプはGHz動作の単電子転送が可能であり[1]、有望な素子である。その精度を決める1つの要因として、電荷の有効質量が挙げられる。有効質量が重い正孔(電荷:e)を利用すると精度向上が期待されるが、これまで、高速単正孔転送の報告は無い。今回、シリコン可変障壁ポンプを用いた高速単正孔転送を達成した[2]。
 図1(a)に素子の概略図を示す。Si細線上に2層ゲートをもつ構造であり、SとDをp型に高濃度ドープした。上層ゲートUGに負電圧VUGを印加しSi細線中に正孔を生成し、下層ゲートG1とG2への正電圧印加により正孔ポテンシャル障壁を形成する。これにより、G1-G2間のSi細線部が単正孔島となる。さらに、G1への高周波信号(周波数:f)印加で、正孔をSからDに転送する[図1(b)]。G1直下の障壁が低い際、島に正孔が注入される。容量結合により障壁上昇と伴に島ポテンシャルも上昇するため、正孔はS側にエスケープするが、障壁上昇率がエスケープ率よりも十分大きい場合、正孔は島に非平衡状態で捕獲される。捕獲された正孔はD側に放出される。本素子の島は微細なので、単正孔付加エネルギーEaddが熱揺らぎよりも十分大きい。この場合、島に2個正孔が存在時のエスケープ率が1個存在時よりも十分大きくなり、単正孔を島に捕獲可能である。1周期に正孔をn個転送すると、電流値はnefとなる。nVUGにより島ポテンシャルを変化させることで調整できる。
 図1(c)に1 GHzでの電流測定結果(赤丸)を示す。VUGを負側に増加させることで、電流プラトーを観測した。非平衡正孔捕獲の理論モデルによるフィット(青線)もデータと良く一致し、非平衡正孔転送が生じていることが示された。このフィットから17 Kでは転送エラー率が10-3程度であることが分かった。理論的には、9 K程度になると10-8レベルの転送精度が期待される。本成果は正確な単正孔操作とその計量標準応用へ向けた重要な進展である。

図1 (a)素子の概略図。 (b)正孔ポテンシャル図と単正孔転送機構。 (c)高速単正孔転送のデータとフィット。