導電性シルクフィルム電極を用いた接着性細胞の操作と電気刺激

手島哲彦 中島 寛 塚田信吾
機能物質科学研究部

 細胞膜表面で発生する活動電位は、様々な生体組織の生理機能に関与している。従来、細胞由来の電位測定や電気的な刺激は、微小電極(MEAs)やトランジスタ型センサを用いて行われてきた。しかし、細胞を基板に無作為に播種するという特徴上、細胞の接着位置や形状を制御できず、目的の細胞の計測が困難であるという課題があった。そこで本研究では、接着性細胞を細胞の形状を維持したまま目的の場所に運び、電位測定や電気刺激を行う可動性のパレット型電極を提案した。本電極は、シルクフィブロイン(SF)と導電性高分子PEDOT:PSS[1]の2種類の親水性の高い高分子溶液を組み合わせて作製し、透明性や生体適合性を有し、細胞の牽引力に負けない高い堅牢性をもつ。
 パレット型電極は、SFとPEDOT:PSS を等量混合した溶液を回転塗布し、ゲル化処理を加えた後、リソグラフィ技術により任意の形状に加工することで作製した[図1(a)][2]。本電極は可視光・紫外光領域の両方において90%以上の透過性を有するため、様々な顕微鏡を用いて観察が可能となる。また本電極は100 MPaという高い弾性係数を有し、同体積のPEDOT:PSSのみから成る薄膜と比較して500倍以上の高い導電性を示すことがわかった。FT-IRによって1535、1630 cm–1にピークが検出されたことから、SF中にβシート構造が多く存在し、このタンパク質の構造が高い堅牢性と導電性を付与したと考えられる。
 SFとPEDOT:PSSから成るパレット型電極は生体親和性が極めて高いため、細胞がこの電極表面に自発的に接着化する傾向を示した[図1(b)]。我々は、任意のパターンの電極を作製することで、細胞の形状を保持した状態で細胞操作や電気刺激を行った。本薄膜は高い導電性を有するため、薄膜中に電極を刺入し電圧を印加することで、薄膜上の細胞に直接接触することなく電気刺激が可能である。実際に電位依存性カルシウムイオンチャネルを強制発現した細胞に電気刺激を行い、選択的な細胞内カルシウム濃度上昇の誘導に成功した[図1(c)]。本電極は細胞毒性がなく、長期培養時に導電性の変化が少なく安定であるため、生体組織内埋込み電極などのバイオインターフェースへの応用が期待される。

図1 (a) パレット型電極を介した細胞への電気刺激の概念図。(b) 細胞が接着したパレット型電極の位相差顕微鏡像。(c) 電気刺激による細胞のカルシウムチャネルの活性。