極めて発光効率の高い窒化物半導体量子井戸

赤坂哲也 後藤秀樹 中野秀俊 牧本俊樹
機能物質科学研究部

 InGaN量子井戸は可視から紫外領域の発光ダイオードやレーザダイオードの発光層としてすでに広く用いられているが、発光効率が必ずしも高くないため、これら発光素子の性能は改善の余地が大きい。InGaN量子井戸の発光効率は、インジウム組成の揺らぎや、非発光センタ密度などにより制限されている。本研究では、InGaN量子井戸を結晶欠陥低減層(InGaN下地層)の上に成長することにより、インジウム組成の揺らぎや、非発光センタ密度の改善を試みた。その結果、従来の報告よりも著しく大きな発光効率を室温で得ることができた[1, 2]。時間分解フォトルミネッセンス(TRPL)により、結晶欠陥低減層へのインジウム原子の添加が非発光センタを消失させることを突き止めた。
 InGaN下地層上に成長したInGaN量子井戸の積分PL強度のアレニウスプロットを図1に示す。積分PL強度は、14〜150Kの温度範囲でほとんど一定値を示し、さらに温度を上げると緩やかに減少した。しかしながら、室温においても14Kにおける積分強度の71%を保っている。この室温PL効率は、青紫色に発光するInGaN量子井戸として最高値である。TRPLにより測定したPL寿命の温度依存性を図2に示す。従来のInGaN量子井戸では、温度上昇と共に非発光センタが熱的に活性化され、PL寿命が単調に減少した。一方、InGaN下地層上のInGaN量子井戸では、100K以下でPL寿命が一定であり、比較的浅い準位に局在した励起子の挙動が観測された。すなわち、インジウム組成の揺らぎは比較的少ない。さらに、100〜250Kの温度範囲ではPL寿命は線形に増加しており、二次元励起子が明瞭に観測された。これらは、InGaN下地層へのインジウム原子の添加により、非発光センタが著しく減少したことによりTRPLで観測された。InGaN下地層を用いることによって、インジウム組成の揺らぎや非発光センタ密度の改善が可能であることが、TRPLより分かった。
 InGaN下地層を用いたInGaN量子井戸は、室温での高い発光効率が要求されるポラリトンレーザや単一光子源といった新規発光素子の活性層として有望である。
[1] T. Akasaka et al., Appl. Phys. Lett. 85 (2004) 3089-3091.
[2] T. Akasaka et al., Appl. Phys. Lett. (accepted)

図1 
InGaN下地層上のInGaN量子井戸の積分PL強度のアレニウスプロット
図2 
PL寿命の温度依存性


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