傾斜磁場を利用した単一スピンのコヒーレント制御

 

都倉康弘 
量子光物性研究部

 量子計算機の提案により固体環境での単一電子スピンのコヒーレントな操作に興味がもたれている。電子の電荷に代わってスピンを量子ビットに利用する理由は、その長いコヒーレンス時間にある。単一電子スピン共鳴(SESR)は電子スピン操作に不可欠であるが半導体量子ドットでは未だ実現できていない。なぜなら10GHz程度の高周波磁場を局所的に低温(100mK)で印可しなければならないからである。通常のESRのようにマイクロ波キャビティでは電子温度の上昇が問題となる。
 我々は振動磁場の必要のない高いQ値が実現可能なSESRの方法を提案した。高周波電圧は静的な傾斜磁場で量子ドット中の電子を揺さぶる。これは実効的に電子スピンに振動磁場を掛けたことと等価となる。不均一磁場中で有名なStern-Gerlach 効果がスピンと軌道の自由度を結合させるのと類似の効果である。量子ドット中の空間的な電子の振動は軌道の混成により実現している。
 我々は量子ビットのコヒーレンス時間を見積もり、単一量子ビット操作と二量子ビットによる制御NOT演算が可能である事を示した。この量子ビットはスピン量子ビットより操作が容易で、電荷量子ビットより高いQ値を持つ。この概念は一般的であり様々な系、例えばカーボンナノチューブ、GaAsドットやSiGeドットに応用できる。またこの方法により単一電子の固有コヒーレンス時間を見積もることもできる。

[1] Y. Tokura et al., Phys. Rev. Lett. 96 (2006) 047202.

図1 モデル図。強磁性体ゲート電極(黒色)がドットの両端に配置されx方向に対向して磁化して、傾斜磁場bSLを形作る。一様磁場 B0 がz方向である。ドット中のスピンは2つのゲート間に掛けられた振動電圧Vac で制御される
図2 (a) フォノン(変形ポテンシャル(点線)、縦(ドット)/横(一点破線)ピエゾ電気)散乱によるGaAs量子ドットの磁場B0での緩和時間 1/T1 。実線は合計。(b) 単一量子ビット操作のQ値の磁場 B0 依存性
 

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】