自発展開する脂質二分子膜を分子の輸送担体に用いたマイクロ流路素子

古川一暁
機能物質科学研究部

 脂質二分子膜の自発展開は、固液界面に生じるぬれ現象で、親水表面にスポット状に付着させた脂質分子のかたまりのすそ野から、自己組織化によって脂質二分子膜が一層のみ形成し、広がっていく過程である。我々は、あらかじめパターンを作製した表面上での自発展開挙動を調べ、親水表面であるSiO2上のみに脂質二分子膜が自発展開することを見出した。この現象を利用した新規マイクロ流路素子を提案し、動作実証してきた[1]。
 素子の構造と動作原理を図1に示す。素子は幅10µm長さ400µmのマイクロ流路部の両側に井戸を有する、フォトリソグラフィによって作製されたパターンを備える(図1A)。脂質二分子膜は、パターン中の親水表面のみに自発展開する。ふたつの脂質二分子膜が流路部の中央付近で衝突すると、それらは融合してひとつの脂質二分子膜を形成する。その後は、側方拡散が支配的となり、これによって分子が混合される(図1B)。本素子では、自発展開する脂質二分子膜が、埋め込まれた分子を基板上の目的の場所に輸送し、混合する、輸送担体の役割を果たす。これは、例えばガスクロマトグラフィーにおけるキャリアガスと同様の役割である。
 提案の素子が分子間相互作用の検出に有用であることを、色素分子間の蛍光共鳴エネルギー移動反応(FRET)を用いて実証した。図2に示すように、ドナー分子(CC2)とアクセプタ分子(FITC)を含む脂質二分子膜を衝突させる。衝突後は、CC2およびFITCが衝突地点を中心に拡散し、左右対称に分布する。両者の発光の時間変化を測定すると、ふたつの分子が共存する領域において、ドナー蛍光の大きな消光が確認される。これはドナーの励起状態の緩和過程として、発光とFRETとが競合するためである。大きなドナー蛍光消光は、FRET効率が高いことを示している。本素子によって、様々な色素間のFRET効率や、そのドナー−アクセプタ間距離依存性の定量的な解析が可能になる。
 今後、さらに輸送対象に酵素やタンパク質を加え、生体分子の相互作用解析へ本手法を応用していく。

[1] K. Furukawa, et al., Lab Chip 6 (2006) 1001.
 

図1 デバイスの構造と動作。
分子を輸送する脂質には、卵黄由来のL-a-PCを用いている
  
図2 FRETの時間発展観察。
L-a-PC中にCC2、FITC結合脂質分子をそれぞれ5%添加した

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】