シリコン薄膜の量子伝導

高品 圭 小野行徳 藤原 聡 平山祥郎* 藤澤利正
量子電子物性研究部

 現在、集積回路に幅広く用いられているMOSFETはシリコン(100)面上に形成された二次元電子系をベースにしている。(100)面の場合、伝導電子のエネルギーバンド分散において伝導体の底として電子が占有することができる等価な「谷」が2つ存在し、電子はどちらかの谷に等しい確率で存在する。強磁場と超低温を組み合わせた特殊な環境では2つの谷の間にエネルギー的な分離が生ずることが知られているが、そのエネルギーは通常1meV程度と小さい。
 我々は、SOI(Silicon on insulator)基板の一種であるSIMOX(Separation by implanted oxygen)基板上に作成された薄膜Si-MOSFETにおいて、非常に大きな(10倍以上)谷分離が起きることを見出した。さらに、結果的に生じるサブバンド構造がコンダクタンスにどのような影響を及ぼすかについて調べることによって、この谷分離が磁場を加えなくても明瞭に観測されることを示した (図)[1,2]。これらの結果は、シリコン薄膜構造では二次元電子系の面内運動、スピンの自由度に加えて、第三の自由度「谷自由度」の利用が可能であることを示している。

[1] K. Takashina, A. Fujiwara, S. Horiguchi, Y. Takahashi, and Y. Hirayama, Phys. Rev. B 69 (2004) 161304(R).
[2] K. Takashina, Y. Ono, A. Fujiwara, Y. Takahashi, and Y. Hirayama, Phys. Rev. Lett. 96 (2006) 236801.
*現所属:東北大学

図1 (左):SOI MOSFETのソースドレインコンダクタンスGSDをフロントゲート電圧VFGの関数として示す。新しいサブバンドの出現により、散乱が増大し抵抗が大きくなる現象が明確に見られる。この実験では空間的なサブバンド(A)と谷分離によるサブバンド(B)の影響が両方現われる。図(右): GSDの二回微分のグレースケールプロット。谷と空間的サブバンドがどのようにバックゲート電圧VBGに依存するかが分かる。A:空間的な閉じ込めサブバンド、B:谷分離によるサブバンド、C:コンダクタンスの立ち上がりによる構造。□は空間的サブバンド端が占有され始めるゲート電圧の計算値を表す

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】