スピン軌道相互作用によるアハロノフ・キャッシャー効果

Tobias Bergsten1,2 小林俊之1,2 関根佳明1,2 新田淳作1,2,3
1量子電子物性研究部  2CREST-JST  3東北大学

 電子回路における電子のスピンを制御するスピントロニクスは、Dattaらによって提案されたスピンFET[1]のような新機能デバイスを実現することができると期待されている。スピンは、電子の自転運動に例えられるように磁気的な性質を有するため、一般的にスピンを操作するには磁場が用いられる。一方で、スピンはスピン軌道相互作用による有効磁場を用いても操作することができる。これまでの研究から、半導体へテロ構造におけるスピン軌道相互作用はゲート電圧により制御可能であることが示されている[2]。そこで本研究では、ゲート電圧によりスピンの歳差運動を制御することで、電子波の位相を変化させる新しい干渉実験を行った[3]。これは、磁気モーメントを有する粒子の電場による干渉である、アハロノフ・キャッシャー(AC)効果である。
 本研究で用いたデバイスは、ゲート電圧によりスピン軌道相互作用を3 peVm以上変化させることができるInAlAs/InGaAs/InP量子井戸をリング配列構造に加工して作製した(図1)。ゲート電極は膜厚50 nmのSiO2ゲート絶縁膜とともにリング配列上に形成した。
 リング構造を右回りと左回りに伝播する電子波の位相差は、磁場(AB効果、AAS効果)および電場(AC効果)により制御することができ、抵抗値の振動として観測される(図2)。電子はスピンが1/2のフェルミ粒子であるため、スピンが1回転(2π)際差運動することで電子波の位相はπだけ変化する。そのためゲート電圧による抵抗値振動の周期は、リングを互いに逆方向に伝播した部分波が元の位置に戻ってきたときにスピンの回転角差が4π変化することに対応する。今回の干渉実験では、ゲート電圧によりスピン回転角差を12π以上にわたって精密に制御可能であることを示した。
 このようなスピン軌道相互作用によるスピン制御はスピンFETの要素技術であり、また将来的にはスピン量子ビットの制御手法として量子情報技術への応用も期待される。

[1] S. Datta and B. Das, Appl. Phys. Lett. 56 (1990) 665.
[2] J. Nitta, T. Akazaki, H. Takayanagi, and T. Enoki, Phys. Rev. Lett. 76 (1997) 1335.
[3] T. Bergsten, T. Kobayashi, Y. Sekine, and J. Nitta, Phys. Rev. Lett. 97 (2006) 196803.

図1 InAlAs/InGaAs/InP量子井戸を加工して作製したリング配列構造
 図2 AC効果(縦方向)およびAAS効果(横方向)による抵抗振動

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