超伝導永久電流アトムチップ

向井哲哉1  Christoph Hufnagel1 清水富士夫2
1量子電子物性研究部 2電気通信大学/NTTリサーチプロフェッサー

 中性原子は、一粒を1つの単位として、その内部状態を制御することで量子デバイスとして利用することが期待されている。この量子デバイスの実現には、個々の原子の内部エネルギー状態とともに、外部自由度である原子の運動状態を制御して、空間的に捕捉することが重要である。通常室温(300 K)で熱平衡状態にある原子は、およそ時速千キロメートルで動き回るガスの状態であるが、レーザ冷却技術を用いることで、人の歩行速度よりも遅く、温度にすると100 K以下にまで瞬時に冷却することができる。ここまで冷却された原子は、巨視的な物体と同様に、重力による落下が顕著になる。
 磁気モーメントがゼロでない原子には、磁場に反発する状態が存在するため、電流が発生する磁場で重力に打ち勝つポテンシャルをつくることにより、原子を空間的に捕捉することができる。このような電流がつくる磁場のポテンシャルは、多数の原子を一度に捕捉することには大きな成功を収めているが、単一の原子を捕捉することには未だ成功していない。その原因は、単一の原子を捕捉する急峻な磁場ポテンシャルをつくるのに適した電流の極近傍では、電流に起因するノイズの影響が顕著であり、原子の捕捉寿命が極端に短くなるという問題に直面するからである。
 今回、私たちはこのようなノイズの問題を改善して、単一の原子を捕捉することが高く期待されている超伝導永久電流アトムチップを開発し、原子を捕捉することに世界で初めて成功した。サファイア基板上にMgB2超伝導薄膜の閉ループ回路をつくり、その回路を流れる2.5 Aの超伝導永久電流が発する磁場と、外部から加えた補助磁場により、図1のように、およそ50万個のルビジウム原子をチップの表面から300 µmの位置に捕捉したこと確認した。さらに私たちは、本来極めて安定な超伝導永久電流を、レーザにより高速で定量的に制御する技術の開発にも成功している(図2)[1]。
 今後は、回路パターンを微細化し、単一原子の捕捉へと発展することで、量子デバイスの実現を目指す。
 本研究の一部は、(独)科学技術振興機構CREST「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」の援助を受けて行われた。

[1] T. Mukai, C. Hufnagel, et al., Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 260407.

図1  捕捉した原子集団の(a)実験値と(b)計算値
図2 レーザで永久電流を制御

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