エピタキシャル数層グラフェンの層数に依存した電子物性

日比野浩樹 影島博之* 前田文彦
機能物質科学研究部 *量子電子物性研究部

 グラフェンが、その優れた電気伝導特性から、次世代エレクトロニクス材料として注目を 集めている。SiCの熱分解により形成するエピタキシャル数層グラフェン(FLG) は、大面積化が可能で、デバイス集積に適しているが、層数の制御法が確立していない。そこで、我々は、低エネルギー電子顕微鏡 (LEEM) を用い、グラフェン層数をミクロスコピックに評価する手法を確立し、成長制御に用いてきた[1]。加えて、エピタキシャルFLGの電子デバイス応用には、基板がFLGの電子物性に及ぼす影響を理解することが不可欠である。基板の影響は電子物性の層数依存性として現れるため、今回、SPring-8に設置された分光型光電子・LEEM (SPELEEM) を用い、FLGの電子物性がどのように層数に依存するかを調べた[2]。
 図1は、6H-SiC (0001) 表面に成長したエピタキシャルFLGに、400 eVの放射光を入射した際に放出される二次電子を用いて結像した光電子顕微鏡 (PEEM) 像である。図1(b)に示した数字は、LEEMから求めたグラフェン層数を表している。二次電子PEEM像は、層数の異なる領域を区別可能であるが、コントラストはエネルギーとともに複雑に変化する。図2は、各層数の領域に対して、PEEM強度のエネルギー依存性から求めた二次電子放出スペクトルである。図2では、低エネルギー側の立ち上がり位置とスペクトル形状に顕著な層数依存性が見られる。二次電子の立ち上がり位置は、真空準位に対応する。1層グラフェンの仕事関数は、バルクのグラファイトに比較して、約0.3 eV低く、層数の増加に伴い、バルクの値に近づく。また、スペクトル形状の層数依存性は、FLGの層数が有限であることにより離散化した非占有電子状態から説明できる。同様の実験を、C1s 内殻準位光電子についても行い、C1s 結合エネルギーが層数に依存することが示された。以上の仕事関数とC1s 結合エネルギーの層数依存性は、基板からの電子ドープ[3]による単純なエネルギー軸に沿うシフトでほぼ説明でき、エピタキシャルFLGの電子構造が大きく変調されることはないことが分かった。

[1] H. Hibino et al., Phys. Rev. B 77 (2008) 075413; H. Hibino et al., e-J. Surf. Sci. Nanotechnol. 6 (2008) 107.
[2] H. Hibino et al., Phys. Rev. B 79 (2009) 125437.
[3] T. Ohta, A. Bostwick, T. Seyller, K. Horn, and E. Rotenberg, Science 313 (2006) 951.
 

 
図1  6H-SiC (0001) 表面に成長したエピタキシャルFLGの二次電子PEEM像。
図2  エピタキシャルFLGからの二次電子放出スペクトル。

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】