高速原子間力顕微鏡によるATP受容体の動的構造解析

篠崎陽一1 住友弘二1 津田 誠2 小泉修一3 井上和秀2 鳥光慶一1
1機能物質科学研究部 2九州大学 3山梨大学

 細胞内に存在する「受容体」と呼ばれるタンパク質の機能はホルモンなどの化学物質が受容体に結合することで起こる構造変化によって発揮される。例えば、受容体のうち、イオンチャネルと呼ばれるタイプの場合は化合物が結合すると穴が開き、その中をイオンが通過することで機能を発揮する。原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて、痛み感覚に関係するアデノシン三リン酸 (ATP) 受容体の表面構造および刺激に伴う構造変化の観察を行った[1]。
 株化細胞にATP受容体の遺伝子を多量に発現させ、その細胞の細胞膜からタンパク質を取り出した。取り出したATP受容体タンパク質はへき開したマイカ上に吸着させ、AFMで観察した。無刺激時のATP受容体は球状に近い構造をしていたが、刺激をしたものは3つ一組の構造(三量体構造)に変化していた(図1)。刺激前後の構造の違いがATP受容体の構造変化に由来するものかを調べるため、高速AFMを用いて刺激に伴うATP受容体の構造変化を経時的に観察した(図2)。刺激前はATP受容体は球状に近い構造をしていた(図2、-2.5〜0.0 s)が、刺激後速やかに構造を変化させ、三量体構造になった(図2、0.5 s)。刺激に伴うATP受容体の構造変化を詳細に解析したところ、活性化に伴う三量体への構造変化の後にさらに大きな変化をしており、3つの部分構造間の距離が増大し、中心に大きな穴状の構造が観察された (図2、2.0〜5.0 s)。この構造変化が生理的な機能に相当する変化であるかを確認するため、蛍光分子を用いてATP受容体の分子透過度を測定した。ATP受容体はカルシウムイオンを透過し、機能的であることを確認した。測定溶液中にカルシウムイオンがない状態で観察を行ったところ、より大きなサイズの蛍光分子であるエチジウムブロマイドの透過が確認された。カルシウムイオンが存在する場合にはエチジウムブロマイドの透過は全く観察されず、ここで観察された構造変化は、ATP受容体が生理機能を発揮する際にイオンがその穴を通過する現象に相当することが明らかとなった。以上から、本研究ではATP受容体の表面構造および生理機能に関連する構造変化の観察に成功した。今後は基板に作製した人工脂質膜[2]に受容体を再構成し、脂質との相互作用も含めた解析を進める予定である。

[1] Y. Shinozaki et al., PLoS Biol. (accepted).
[2] Y. Shinozaki et al., Jpn. J. Appl. Phys. 47 (2008) 6164.
 

 
図1  刺激前後のATP受容体のモデル図。
図2  刺激に伴うATP受容体の構造変化。

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