ナノギャップ構造が脂質二分子膜の動的特性に与える影響

樫村晃 古川一暁
機能物質科学研究部

 膜タンパク質を代表とする生体分子の機能発現には、生体膜が重要な役割を担っている。生体膜の基本構造である脂質二分子膜は、自己組織化によって固体表面上に人工的に作製することができ(自発展開)、膜内での流動性(側方拡散)があることも知られている。本研究では、これらの動的特性を利用して、ナノギャップ構造を持つ固体基板上での脂質二分子膜の成長を制御し、脂質膜を担体とした分子輸送における特異な効果を発見した[1]。
 実験には、脂質分子として卵黄由来のL-a-ホスファチジルコリンを用い、そこに大きさの異なる蛍光色素(テキサスレッド、フルオレセイン、NBD)が結合した脂質分子を5 mol% 添加した。SiO2表面に脂質二分子膜の成長のガイドとなる流路と金ナノギャップ構造 (10〜200 nm) を作製した[図1(a)]。流路の両側に備えた井戸の一端に脂質分子を付着させ自発展開を開始させ、その時間発展を共焦点レーザ走査型顕微鏡で観察した。
 図1(b)にフルオレセイン結合脂質分子を含む脂質二分子膜の時間発展の様子を示す。単一の脂質二分子膜が流路に沿って自発展開し、ナノギャップに到達する。10 nmの狭ギャップであっても、脂質膜は金パターンや流路壁を乗り越えることなく、ナノギャップを通過して自発展開を続けることが分かった。また、脂質膜の先端がナノギャップを通過 (t =t0) して十分に時間が経過後の脂質膜の蛍光強度は、ナノギャップ前後で不連続に減少する振る舞いを観測した(図2)。この現象は、色素分子やナノギャップの大きさに依存することを見い出した。色素部位の大きさ(たかだか3 nm)と比べてナノギャップは十分に大きいにもかかわらず、色素分子はナノギャップに通過を妨げられていることが分かった。今後、ナノギャップを電極として用いることにより、電場の効果が脂質膜の自発展開に及ぼす効果を調べる。

[1] Y. Kashimura et al., Jpn. J. Appl. Phys. 47 (2008) 3248.
 

図1  (左)(a) デバイス構造、(b) フルオレセイン結合脂質を5 mol%含む脂質二分子膜の時間発展。
図2  ナノギャップ通過後、十分時間が経過した後のテキサスレッド結合脂質を5 mol%含む脂質二分子膜の蛍光像および蛍光強度スペクトル。

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