電荷移動絶縁体の下に隠れた超伝導の出現

Yoshiharu Krockenberger 山本秀樹
機能物質科学研究部

 多くの研究者による懸命な研究にも関わらず、高温超伝導には未だに謎が多く残っている。たとえば、ホールドープ型の超伝導は、元素置換によるドーピングで発現するが、電子ドープ型ではドーピングだけでは発現しない。この謎を解くにあたっては、ホールドープと電子ドープが、異なる配位のCuO2面で実現している(前者は5配位か6配位、後者は4配位)ことにも特に留意する必要がある。後者では、ドープ量に依らず、超伝導発現に試料合成後の還元アニールを要し、また物性がドープ量よりもアニールの条件に大きく依存することが知られている。このような物質科学的な複雑さが、長年に亘り、物質本来のもつ物性を見えにくくし、銅酸化物における超伝導を記述する有効な理論モデルの構築を妨げてきた面があることは否めない。実際、我々は、ドープされていない母物質は電荷移動型絶縁体であるという長年の常識に反し、4配位のCuO2面をもつ銅酸化物では、適切なアニール処理を施すことで、ドープされていない物質でも超伝導が発現することを報告してきた[1]。
 精密に最適化されたアニール(2段階アニール)によってもたらされたこの結論は、超伝導機構の議論に大きな影響を与えると考えられる一方で、実際に、アニールによって結晶中で起きる構造変化は非常にわずかなものである。図1に示されるように、Pr2CuO4の面内の格子定数(a軸長)はas-grown、アニール1段階目、アニール2段階目で不変であり、面間の格子定数(c軸長)のみが、2段階目のアニール後に短くなる。これは、面間に存在していた過剰酸素(頂点酸素)がアニールによって取り除かれるためである[2]。このわずかな頂点酸素の有無が、この物質の電気的・磁気的性質を大きく変え、金属-絶縁体転移のトリガーとなる点が、最も重要な点である。電子ドープ量、より正確にはPr3+サイトのCe4+置換量によって、この頂点酸素の脱離ポテンシャルが変わり、正規サイトの酸素を欠損させずに取り除くことの難しさが変わる(Ce置換量が小さいほど難しい)。我々の見い出した2段階アニール法は、正規の酸素サイトを欠損させずに過剰の頂点酸素を取り除くことを現実に可能とした合成手法であると言え、これにより物質本来のもつ物性を発現させることができた[1, 3]。

[1]
Y. Krockenberger et al., Phys. Rev. B 85 (2012) 31.
[2]
P. G. Radaelli et al., Phys. Rev. B 49 (1994) 15322.
[3]
Y. Krockenberger et al., Sci. Rep. 3 (2013) 2235.
図1
 還元アニール各段階でのPr2CuO4のミクロな状態に対するモデル。各段階での抵抗率の温度依存性と格子定数も示した[3]。