結合機械共振器におけるフォノンのコヒーレント操作

岡本 創 Mahboob Imran 小野満恒二 山口浩司
量子電子物性研究部 機能物質科学研究部

 片持ち梁や両持ち梁など半導体の微小な板ばね構造は、超小型かつ高集積化可能なスイッチ・センサ・メモリなど多様な用途に期待されるナノ機械共振器として注目される。そのような機械共振器が複数連結した構造では、互いの振動が相関し、結合系特有のダイナミクスが現れる。この結合振動を利用した信号増幅器や論理演算素子などが最近報告され、結合ナノ機械共振器への関心が大きく高まっている。しかしながら、ナノ機械共振器間の結合は通常弱く、隣接共振器間でエネルギー(フォノン)を自在にやり取りする“コヒーレント操作”を実現するのはこれまで困難であった。
 これに対して、最近我々は、圧電的な周波数変調によるパラメトリックポンピング[1]を用いてGaAs結合機械共振器(Beam LとBeam R、図1(a))のコヒーレント操作を実現することに成功した[2]。これは2つの機械共振器の差周波に合致した交流ポンプ電圧の印加により可能となり(図1(b)、(c))、ポンプフォノンの吸収・放出過程を介して2つの共振器が交互に振動する “コヒーレント(Rabi)振動”が観測される(図1(d))。この振動周期はポンプ強度に反比例し (図1(d))、印加電圧とポンプ時間の調節により共振器の振動を自在に制御することが可能となる。たとえば、振動エネルギーが隣の共振器へ完全に移った時刻でポンプを止めることにより、機械共振器の振動を本来の減衰時間よりも桁違いに速く止めることが可能となる[3]。このパラメトリックポンピングによるコヒーレントフォノン操作は、ナノ機械共振器の高速連続動作や隣接共振器への高速情報転送を可能とする新技術として期待される。
 本研究は科研費の援助を受けて行われた。

[1]
I. Mahboob, K. Nishiguchi, H. Okamoto, and H. Yamaguchi, Nature Phys. 8 (2012) 387.
[2]
H. Okamoto et al., Nature Phys. 9 (2013) 480.
[3]
H. Yamaguchi, H. Okamoto, and I. Mahboob, Appl. Phys. Express 5 (2012) 014001.
図1
 (a) 素子の模式図と圧電効果の様子。各共振器は400 nm厚i-GaAs、100 nm厚n-GaAs、300 nm厚AlGaAs、60 nm厚Au電極からなる。圧電効果を用いた素子の駆動やポンプ、振動の検出が可能である。(b) Beam L とBeam Rの振動モードとパラメトリックポンピングによるフォノン過程の模式図。Beam Rの周波数はBeam Lの周波数(293.93 kHz)よりも440 Hz高い。この差周波に相当する交流ポンプ電圧をBeam Lに印加することにより2つの共振器間でのコヒーレントなエネルギー(フォノン)移動が可能となる。(c) 等価ばねモデルにおけるポンプ操作の模式図。(d) 周波数ωRにおけるBeam Rの時間応答測定により観測されるコヒーレント振動のポンプ電圧依存性。