全光都市間量子鍵配送

東 浩司 玉木 潔 William J. Munro
量子光物性研究部

 物理法則により、究極的に安全な通信を可能にする量子鍵配送(QKD)は、ファイバを通じた送受信者間での光子の直接伝送に基づき、100 km程度の通信距離であれば海外では製品化され、日本でも東京QKDネットワークに象徴されるように試験運用の段階にある。したがって、既存方式によって、市内間(100 km程度)の拠点を量子暗号で結ぶことは現在でも実現可能といえる。しかし、ファイバ中の光損失により、400 km程度が既存方式の通信距離の限界だとされており、この通信圏外にあるQKDネットワーク同士を結ぶためには、「量子中継」が必要とされてきた。量子中継は、任意の通信距離に対して効率的なQKDを可能にする。しかしながら、量子中継は互いにファイバで結ばれた多数の中継ノードを利用し、各々の中継ノードは、現状では高難度な物質量子メモリや量子誤り訂正符号を必要としている。これらの要請は、量子中継から通信距離限界をなくすためには必須だが、たとえば主要都市(1000 km程度)を結ぶ目的には、量子中継は技術要求が高すぎる可能性があった。
 本研究では、量子中継で必要とされる物質量子メモリや量子誤り訂正符号を一切用いず、光デバイスのみに基づく中間ノードたったひとつで、通信速度を落とすことなく、QKDの通信距離を2倍にする新方式「全光都市間量子鍵配送」(図1)を提唱した[1]。本方式は、800 km以下の通信距離であれば、(原子集団に基づく)量子中継よりも効率的に機能し得ることが示されており、400 km程度が限界だった既存のQKDの通信圏を、800 km程度まで拡大することを可能にする(図2)。また、本方式は、「全光量子中継」[2]同様、物質量子メモリを用いないため、(a)通信距離に依らず、光デバイスの動作速度と同程度の通信速度を誇り、(b)原理検証段階にある物質と光のインターフェースを必要とせず、さらには(c)原理的には常温で動作する。したがって、本方式は、800 km圏内にある主要都市間を結ぶ、費用対効果の優れたQKDバックボーンリンクとして機能する可能性がある。また本方式が、全光量子中継と組み合わされれば、高速かつ費用対効果に優れた、光デバイスのみに基づく「全光量子暗号ネットワーク」の地球規模での実現がシームレスなものになる。

図1 全光都市間量子鍵配送。中間点Cは、送受信者ABから受け取った光パルスに量子非破壊(QND)測定を施し、光スイッチ(SW)を用いて到着した光子のみを対とし、それらにベル測定(BM)を施す。 図2 全光都市間量子鍵配送によって拡大可能な通信圏。