強く結合したΛ型マイクロメカニカルシステム

岡本 創 山口浩司
量子電子物性研究部

 半導体の微小な機械共振器を用いた音量子(フォノン)の転送操作は、超低消費電力な記憶・論理演算素子など、フォノンをもとにしたデバイス応用へつながる技術として注目される[1,2]。このフォノン操作には、隣接する機械共振器間に強結合-すなわちフォノンの散逸レートを上回る結合レート-を生み出す必要があり、応力変調を用いたパラメトリック結合はチップ上でこれを実現する有効な手法となる[1,3]。其々の機械共振器(振動モード)の差周波で共振器の内部応力を変調することにより、周波数の異なる機械共振器を強く結合させることが可能である。我々はこれまでに、GaAsの圧電効果や熱膨張効果を用いて2つの機械共振器の強結合とそのオンオフ制御に成功しているが[1,3]、3つ以上の機械共振器アレイ系では実現できていない。今回我々は、電界により誘起される誘電的な応力変調を用いて、3つのSiN機械共振器の強結合を実現したので報告する[4]。
 素子は中央に位置するSiN両持ち梁(梁M)が電極含有SiN梁(梁L,R)によって挟まれた構造を有する[図1(a)]。梁Mは梁L,Rよりも振動モード周波数が高いため、図1(b)に示す様なΛ型の3準位系が形成される。これらの3準位(fM, fL, fR)は左右電極間への電界印加により誘電力を受けて周波数シフトする。つまり直流電界により3つの梁は互いに引き合うが、梁MとL(R)の周波数が異なる為、このままでは強結合は達成されない。この周波数差を相殺する為、2つのモードの差周波(ΔL(R) = fMfL(R))で電界を変調すると、梁MとL(R)はパラメトリックに強結合し、各々の準位は2つに分裂する。いま梁Mと梁L,Rを結合させる2つの変調トーン(ΔL, ΔR)を同時に入力すると、其々の準位は3つに分裂する。このうち梁Mの準位の1つは暗状態となり、振動振幅は観測されない[図1(b)]。これは3つの梁の破壊的干渉によるものであり、強く結合したΛ型メカニカルシステムが形成されていることを示している。
 本研究はスイス連邦工科大学ローザンヌ校との共同研究によるものであり、その一部はMEXT科研費JP15H05869とJP15K2127の助成を受けたものである。

図1 (a) 素子の電子顕微鏡像と有限要素法計算による3つの梁の振動モード形状。顕微鏡像における赤色部分はSiN(100 nm厚)、黄色はAu電極(45 nm厚)に相当。(b) 3つの梁で形成されたΛ型3準位系。梁Mと梁L、Rのモード差周波(ΔLΔR)を同時に入力すると3つの梁はパラメトリックに強結合し、準位が3つに分裂する。このうち梁Mの状態の1つは暗状態となる。