歪みヘテロ構造による量子スピンホール絶縁体のバンドエンジニアリング

秋保貴史1 François Couëdo1 入江 宏1 鈴木恭一1 小野満恒二2 村木康二1
1量子電子物性研究部 2機能物質科学研究部 

 量子スピンホール絶縁体(quantum spin Hall insulator, QSHI)はバンド反転によって、バルクが絶縁で、エッジにスピン偏極した無散逸な伝導が生じる。このエッジ状態はトポロジカル量子計算に向けた新奇準粒子探索やスピントロニクスデバイスなど、基礎・応用研究の両方から注目されている。InAs/GaSb量子井戸は電界制御により通常の絶縁体相からQSHI相へ遷移可能という長所をもち、実験的にQSHIとなることが報告されている。しかしながら、QSHI相ではバルク抵抗が低く、エッジ状態の明確な同定が困難であるという短所をもつ。そこで我々は新たなQSHIの候補となるInAs/InGaSb歪み量子井戸を提案し、歪みがQSHI相のエネルギーギャップを増大し、優れたバルク絶縁性が得られることを実証した[1]。
 層構造は層厚t (8.5~10.9 nm)のInAs層と5.9 nmのIn0.25Ga0.75Sb層をAlSb障壁層で挟んだ構造であり、MBEによって成長した。InGaSb層に加わる圧縮歪みは、重い正孔と軽い正孔の分裂を増大させ、QSHI相におけるエネルギー分散関係に影響を及ぼす。
 縦抵抗Rxxの磁場(B)依存性[図1(a)]のフーリエ解析から電子(ne)・正孔(nh)密度を個々に見積もった。その結果、高密度の電子・正孔共存が確認でき、深くバンド反転していることがわかった。nenhのゲート電圧(VFG)依存性[図1(a)挿入図]から電荷中性点(ne = nh)におけるキャリア密度(ncross)を3.6 × 1015 m–2と見積もった。この値はバンド反転の定量的な指標を与える。また、電子・正孔共存領域での線形フィッティングはバンド反転の正しい評価を可能にする。
 バルク絶縁性を反映する電荷中性点におけるRxxピーク値は、InAs層を薄くすると増加し、最大889 kΩ(抵抗率10h/e2)まで増大した[図1(b)]。また、すべての試料において抵抗ピーク値は同程度のncrossをもつInAs/GaSb量子井戸と比べて2桁高かった。これらの結果から深いバンド反転領域において、高いバルク抵抗をもつInAs/InGaSb歪み量子井戸はエッジ伝導を調べるのに有望であることがわかった。
 本研究はJSPS科研費JP15H05854とJP26287068の助成を受けたものである。

図1 (a) Rxxの磁場依存性。(挿入図) nenhVFG依存性。(b) 異なるInAs層厚をもつ試料のRxxピーク。