電子スピン集団に直接結合したSQUID磁束計による電子スピン共鳴

樋田 啓1 松崎雄一郎1 角柳孝輔1 Xiaobo Zhu1,*
William J. Munro2 根本香絵3 山口浩司1 齊藤志郎1
1量子電子物性研究部 2量子光物性研究部 3国立情報学研究所

 電子スピン共鳴(EPR)や核磁気共鳴等の磁気共鳴は、材料の分析から医療応用に至るまで幅広い分野で使われる技術である。市販のEPR分光装置では、検出には1013個程度の電子スピンが必要で、空間分解能も0.1 mm程度に制限されるが、より高い感度と空間分解能をもつEPR分光の手法があれば、量子情報処理等への応用可能性も広がる。
 我々は、超伝導量子干渉素子(SQUID)による磁束計と電子スピン集団を含む試料を直接貼り合わせ結合することにより[図1(a)、(b)]、電子スピン偏極の検出ならびにEPR分光を行った[1]。SQUIDの臨界電流は、ループを貫く磁束により変化するが、その変化が急峻な点を動作点とし、試料の磁化の変化による臨界電流の変化を測定した。
 電子スピン偏極検出の実験は試料に印加する面内磁場と温度を変えることで行った。図1(c)にY2SiO5結晶中エルビウム不純物の測定結果を示す。磁場が大きな領域では電子スピンの熱ゆらぎがZeemanエネルギーにより抑制され、電子スピン偏極率が上昇・飽和することが見て取れる。EPR分光の実験は、試料に印加する面内磁場を固定し照射するマイクロ波の周波数を掃引することで行った。図1(d)に窒素不純物(P1中心)を多く含むIb型ダイヤモンドの測定結果を示す。印加磁場に比例して共鳴周波数が線形に増大するという、通常のEPR分光で得られるものと同等の結果が確認できた。さらに、14Nとの超微細相互作用を反映して、93 MHz程度分裂した2本の直線も得られた。
 この手法で検出可能な電子スピン数は106個程度であり、市販のEPR分光装置より7桁程度小さい。この値は、超伝導磁束量子ビットの利用でさらに3桁程度の改善が見込まれ、低温ESRでは最小の検出スピン数を報告する文献[2]と同程度の感度が期待される。また、検出体積は10-10 cm3 (0.1 pL)程度であり、文献[2]に比べて2桁小さな値を達成した。
 本研究はNICT、新学術領域研究および科研費の援助を受けて行われた。

図1 (a)試料の光学顕微鏡写真、(b)試料の概略図、(c)電子スピン偏極検出の結果、(d)ESR分光の結果。