半導体中の電子スピンの向きを超音波により制御することに成功
~半導体スピントロニクス素子の実現に一歩前進~

NTT物性科学基礎研究所は、半導体中の電子スピンの複雑な運動を計測する方法を開発し、電子スピンの向きを超音波によって制御する実験に世界で初めて成功しました。本研究成果は、半導体中のスピンを情報処理に利用する上で課題とされていた、スピンの向きが揃った状態を保持したまま動きを制御する技術を提供することで、半導体スピントロニクスの研究を加速し、超低消費電力化が期待されるスピントランジスタや、超高速な情報処理を可能にする量子コンピュータなどへの応用につながると期待されます。
半導体中の電子のもつ「電荷」と「スピン」の両方の性質を活用しようとする、半導体スピントロニクスの研究が世界中で進められています。半導体中のスピンを情報処理に利用するためには、スピンの向きが揃った状態で電子を移動させるとともに、スピンの向きを自由に操作する必要があります。NTT物性科学基礎研究所では、超音波を用いることにより、スピンを揃った状態を極めて長い時間保ったまま電子を移動させる技術(図1)と、移動させた際に回転運動するスピンの分布を図示化する測定手法(図2)を開発し、超音波によって生じる歪みや電場が、スピン軌道相互作用の大きさを決める一因となっていることを初めて実証しました(図3)。これまでのスピン軌道相互作用は、母体材料及び外部から加えた電場で作用していたものが主でしたが、今回明らかにした超音波がもたらす新しいタイプのスピン軌道相互作用を用いれば、超音波の強度を調節することにより、スピンの向きを自在に操作することが可能となります。
本研究成果は、国立大学法人東北大学およびドイツのポール・ドルーデ固体エレクトロニクス研究所と連携して得られたもので、米国の物理学誌 Physical Review Letters の2011年5月26日(米国時間)発行の電子版に掲載されました。また、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会の科学研究費補助金の助成を受けて行われました。

図1:超音波(表面弾性波)を用いた電子スピンの輸送
半導体量子井戸構造に超音波の一種である表面弾性波を伝播させると、圧電効果によって周期的なポテンシャルの波が発生します。量子井戸内の電子は、このポテンシャルの波に乗って移動します。本手法で電子を移動させると、スピンが揃った状態を極めて長い時間保つことができます。

図2:走査型カー効果測定法を用いたスピン計測
超音波に乗せて電子を移動させたときのスピンの運動を高感度で計測するために、走査型カー効果測定法という方法を用いたスピン計測を行いました。超音波を発生させる高周波電圧のON, OFFの組み合わせによって、3パターンの移動方向を選択することができます(上図)。実際の測定結果(下図)では、いずれの方向に電子を移動させた場合も、スピンが回転する様子が明瞭に観測されました。

図3:超音波によるスピン制御実験の結果
スピンをいくつかの異なる方向に移動させた場合(a)や超音波強度を変えた場合(b)のスピンの回転速度の違いを分析することで、超音波によって生じる歪みや電場が、スピン軌道相互作用に影響していることを明らかにし、超音波の強度を調節することでスピンの向きを制御できることを実証しました。