NTT物性科学基礎研究所

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2013年03月19日

MEMSによる超音波「レーザ」の実現に世界で初めて成功

~ 半導体チップに集積可能な超高精度振動子の実現に大きな期待 ~

 NTT物性科学基礎研究所は、安定度の高い光を作り出す技術として広く用いられているレーザ※1と類似の原理をMEMS※2に適用し、100万分の1以下という小さな周波数揺らぎしか持たない振動子の動作を実現しました。
 今回得られた成果は、全く新しい原理で動作するMEMSとして米国の科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」誌電子版(3月18日付)に掲載される予定です。
 なお、本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金の援助を受けて行われました。

本成果の論文「Phonon Lasing in an Electromechanical Resonator」がアメリカ物理学会の "Highlights of the Year" に選ばれました。

ニュースリリース
ナノ加工研究グループ

電子機器における基準交流信号を作り出す素子である水晶振動子※3は、昨今の通信・情報処理装置に欠かすことのできない素子として広く用いられています。水晶振動子は薄膜の振動を用いて極めて高い周波数安定性を持つことが特徴で、電子機器の小型化に伴い、さらなる小型化・高周波数化が求められています。一方、NTTの研究所では、これまでMEMS (Microelectromechanical Systems)や、さらにそれを微細化したNEMS (Nanoelectromechanical Systems)の新しい応用技術の研究を進めてきましたが、今回、MEMSに対してレーザに類似した原理を適用することにより、高い精度の超音波振動を生成する振動子の実現に成功しました。本成果は、将来的には水晶振動子より小型で高周波数かつ高精度な、半導体チップに集積可能な振動子への応用につながるものと期待されます。

 今回、NTTの研究所が動作の実現に成功したMEMSの心臓部は、長さ250μm(ミクロン:1ミクロンは100万分の1メートル)、幅85μm、厚さ1.4μmのこの髪の毛(約80μm)よりも細い小さな板バネです(図1)。今回、板バネ構造にレーザと類似の原理を適用することにより、周波数ゆらぎ※4が100万分の1以下しかない極めて高い精度の振動を生成することに成功しました。このような超音波に対する「レーザ」は、SASER※5と呼ばれています。電気的に制御が可能なMEMSによるSASERを実現したのは、世界で初めてと言えます。

技術のポイント

(1) 原子の役割を持つ板バネ振動板

安定性の高い光源として用いられているレーザでは、原子が高いエネルギーの状態から低いエネルギーの状態に移る際のエネルギー差を使って光を放出します(図2)。今回、高品質の結晶成長技術と微細加工技術を駆使して作製したMEMSにおいて、高いエネルギーと低いエネルギーの二つの振動状態を用いることにより、レーザにおける原子の役割を板バネ振動板に持たせることに成功しました(図2)。

(2) 圧電効果※6を用いた振動状態の精密制御

圧電効果を用いて振動状態を電気的に精密制御することにより、高いエネルギーの振動から低いエネルギーの振動に移る際のエネルギー差を、超音波振動として効率的に取り出す条件を見出すことに成功しました。これにより、高い安定性の超音波を実際に作り出せることを実証しました。具体的には、幅70Hzという大きな周波数揺らぎの交流電圧を素子に加えたところ、ゆらぎが80 mHzしかない極めて周波数が安定した振動を確認しました(図3)。このゆらぎは、振動周波数の200万分の1しかありません。この振動は交流電圧がある大きさを超えた時にのみ生じ、レーザ発振でみられるのと同様の「閾値特性」を示しました。これらの特徴はレーザと類似しており、超音波に対して同様の動作を実現したことに相当します。

 今回の原理実証実験では、通常の水晶振動子と同レベルの100万分の1以下の周波数精度を 2.5Kという低温において確認できました。今後は、1GHz以上の高周波数動作や室温動作、より高い周波数安定性の実現に向けて、素子の小型化や最適化、詳細な発振特性の解析を進めていく予定です。

【用語解説】

※1 レーザ (Laser : light amplification by stimulated emission of radiation)
光の増幅作用を有し、その増幅率を十分大きくすることにより、単色性の高い光を自発的に発生することのできる装置です。通常、2つのエネルギー準位を持つ原子や半導体などの媒体と、キャビティと呼ばれる光の閉じ込め構造から構成されます。今回、原理実証した素子においては、2つの電子エネルギー準位の代わりに2つの板バネ振動を用い、レーザと類似した機能を一つの板バネ素子だけで実現しました。

※2 MEMS (Microelectromechanical Systems)
半導体集積回路を作製する微細加工技術を応用し、数ミリメートルから数ミクロンのサイズの機械構造をチップ上に集積する技術であるマイクロマシンのうち、電気的な機能を含むものです。微細化をさらに進めたNEMS(Nanoelectromechanical Systems) も、最近盛んに研究されています。

※3 水晶振動子
微小な水晶薄膜の厚さが伸縮する際の共鳴を用いて、高い精度の交流電圧を発生する素子です。表面に電極を取り付けた水晶薄膜と外部の電気回路から構成されます。クオーツ時計やコンピュータをはじめ、広くエレクトロニクス機器に使われており、高度情報化社会を支える最も重要な電子部品のひとつです。

※4 周波数ゆらぎ
振動子が一秒あたりに振動する回数を振動周波数とよび,この振動周波数が時間とともに変動する幅が周波数ゆらぎです。例えば100 kHzの振動の周波数揺らぎが100万分の1であるとは、100kHzを中心に、0.1Hzの幅で変動することを意味します。この周波数ゆらぎが小さいほど精度の高い振動子であるといえます。

※5 SASER
Sound Amplification by Stimulated Emission of Radiationの略で、レーザと類似した原理により高い周波数精度の音波を発生する装置です。例えば以下のNature誌の記事に紹介文が掲載されています。
'Sasers' set to stun -- Sound-based lasers could improve imaging and electronics --
Nature News (26 February 2010) | doi:10.1038/news.2010.92

※6 圧電効果
物体に電圧を加えると、膨張したり収縮したりする現象のことを圧電効果と呼びます。この膨張・収縮により物体の振動を電気的に引き起こすことが可能です。今回実現した素子では、圧電効果を用いることにより、超音波の生成を電気的に制御することに成功しました。