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2014年02月20日

世界で初めてナノワイヤとフォトニック結晶による光ナノ共振器の形成に成功

~ シリコンチップ上に超小型光デバイスを実現する新しい集積技術を開発 ~

NTT物性科学基礎研究所/NTTナノフォトニクスセンタは、化合物半導体ナノワイヤ※1をシリコンフォトニック結晶※2上に配置することにより、任意の場所に光ナノ共振器※3形成する新しい集積技術の開発に成功しました。本技術により、シリコンチップ上に化合物半導体をベースとした超小型光デバイスを集積することが可能となります。この技術は、プロセッサチップの中に高密度な光ネットワークを導入する手段として用いられ、少ない消費電力で高速な情報通信処理を実現することが期待されます。

本成果は、2014年2月20日午前10時(英国時間)に英国科学雑誌「ネイチャー・マテリアルズ」のオンライン速報版で公開されます。

Muhammad Danang Birowosuto, Atsushi Yokoo, Guoqiang Zhang, Kouta Tateno, Eiichi Kuramochi, Hideaki Taniyama, Masato Takiguchi & Masaya Notomi
"Movable high-Q nanoresonators realized by semiconductor nanowires on a Si photonic crystal platform"
Nature Materials (2014)

ニュースリリース
フォトニックナノ構造研究グループ

情報通信技術の消費するエネルギーは年々加速度的に増大しており、将来的にこれを抜本的に削減する技術の導入が強く求められています。情報処理速度が速くなるにつれて、エネルギー消費の大半を、ルータ、データセンタ、さらにプロセッサチップなどの電子技術が占めるようになってきていますが、これは、ビットレートが高くなると電気による信号伝送が電力を大量に消費するようになるためです。この傾向はプロセッサチップの内部でも顕著になりつつあり、既にチップ内の電気配線およびネットワーク処理の消費電力が雪だるま式に増大しています。この問題を解決するために、将来的にプロセッサチップ内に高密度な光ネットワークを導入することが検討されています。高度な光処理機能を実装するためには、様々な機能を持った超小型光デバイスを大量に集積する技術が必要となりますが、現状の光集積技術では実現は困難とされています。その主な理由として、(1)光を閉じ込めることが本質的に難しい、(2)光デバイスの機能を実現するために異種材料を複数組み合わせる必要がある(電子技術の場合の材料はシリコンが主体)、(3)光素子の消費エネルギーが大きい、と言った問題があげられます。さらに、高機能、高効率な光デバイスは通常インジウムリンなどの化合物半導体で作られ、プロセッサチップの構成材料であるシリコンとは整合しない、という問題があります。この問題を解決するために新しい光集積技術の開発が期待されていました。

今回NTTでは、ナノスケールの微細な構造による光技術の革新を目指す「ナノフォトニクスセンタ」(神奈川県厚木市)において、これまで培った世界有数のナノフォトニクス技術の強みを活かし、化合物半導体ナノワイヤ(図1)とシリコンフォトニック結晶(図2)により、上記の課題を解決する新しい光集積技術を開発しました。本成果では、直径100 nm以下の極小サイズの化合物半導体ナノワイヤをシリコンフォトニック結晶中の溝(スロット)の中に配置することにより(図3)、ナノワイヤ内部に強く光を閉じ込める超小型の光共振器を形成することに世界で初めて成功し、さらにナノワイヤの発光が光閉じ込め効果により大幅に高速化していることを確認しました。小型の光デバイスは一般に光共振器で構成されていることから、実現した構造はレーザなどの多様なデバイスの基礎構造として使えるものです。なお、フォトニック結晶そのものには共振器は作成されておらず、共振器はあくまでもナノワイヤを配置することによって形成されます。光ナノ共振器はナノワイヤ位置に局在して形成され、ナノワイヤを移動することによって、追随して移動することも確認しました。この手法ではナノワイヤの種類を変えれば多彩な異種材料を配置することが可能であり、さらに光デバイスの消費エネルギーは基本的に機能部の体積が決めることから、光が強く閉じ込められる微細なナノワイヤを光デバイスに応用すれば低消費エネルギー化も期待できます。

この技術により、シリコンチップ上の任意の場所に、微小体積の化合物半導体ナノワイヤをベースにした超小型光機能デバイスを集積することが可能となることから、将来プロセッサチップ内に大規模光集積回路による光ネットワーク処理の導入を可能とする新しい集積技術として期待されます。

なお、具体的な実験内容は次のとおりです。

  1. 特殊な結晶成長モードで作製した直径約90nmの化合物半導体(InAsP/InP)ナノワイヤを、半導体ナノ加工技術で作製したシリコンフォトニック結晶の上に置き、ナノプローブマニピュレーションによってフォトニック結晶中の幅約150nmの溝の中に配置しました(図4)
  2. ナノワイヤの発光を測定することにより、溝に配置したナノワイヤの位置に鋭い共振ピークを持つ光共振器が形成されていることを確認しました(図5)
  3. ナノワイヤを溝にそって動かすことにより、形成された共振器モードも動かせることを実証しました(図6)
  4. ナノワイヤの発光が共振器形成に伴って、大幅に高速化している現象(パーセル効果※4)を確認しました。この結果により、光がナノワイヤ内部に強く閉じ込められていることが証明されました(図7)

技術のポイント

(1) 半導体ナノワイヤとフォトニック結晶による超小型光共振器の形成
半導体ナノワイヤは特殊な結晶成長モードで作製される新しい材料で、直径10~100nmの極細サイズの中にヘテロ構造や電流注入構造など様々な機能を持った構造を成長中に作りこむことが可能であり、超小型デバイスを実現する可能性を持つ材料としてエレクトロニクス、フォトニクスの両面で活発に研究が行われています。しかし、光デバイスへの応用に関してはそのサイズが光の波長よりもはるかに小さいため、ナノワイヤ単体では光を閉じ込めることができず、これまで十分な性能を出すことが困難でした。(図1)
一方、フォトニック結晶は、光に対する絶縁体として機能することが知られており、強い光閉じ込めを実現しそれ自体で光ナノ共振器を作ることができ、超小型光集積回路のプラットフォームとして期待を集めています。しかし、材料の組合せには制限があり、シリコンと化合物半導体を組み合わせることは困難です。また、機能部を小型化することにも限界がありました。(図2)
本成果では、ナノワイヤとフォトニック結晶を形成するというという独自の新しい機構を提案しましたが、本構成ではフォトニック結晶の助けを受けてナノワイヤ内に強く光を閉じ込めることが可能となり、両者の欠点を補い長所を重畳する理想的な構成を実現することに成功しました。(4)の実験結果が光閉じ込め性能を実証しています。

(2) ナノプローブマニピュレーションによるナノワイヤの配置
直径100 nm以下のナノワイヤをフォトニック結晶中の溝の中に配置するために、ナノプローブマニピュレーションと呼ばれる技術を用いました。同技術では原子間力顕微鏡※5のプローブを走査することにより、ナノワイヤを基板上で所望の位置まで動かして配置することができます。

今後、この手法を用いて光学利得や光非線形性など様々な機能を持った半導体ナノワイヤをシリコンフォトニック結晶に組み合わせることにより、レーザや光スイッチ等の様々な機能光デバイスの実現をめざします。さらに、それらのナノワイヤ素子をフォトニック結晶プラットフォーム上の導波路で結合して、集積光回路を作成する予定です。さらに、これらの技術を他のナノフォトニクス技術とも組み合わせることにより大規模光集積技術を確立し、今から10年~15年後に本格的にプロセッサチップの中へ光ネットワークを導入するための研究開発を進め、低消費エネルギーで超高速の情報通信技術を実現することをめざします。

 

【用語解説】

※1 半導体ナノワイヤ
特殊な半導体結晶成長モードで形成される数十~100nm程度の直径の微細構造材料。ワイヤ内に異種材料によるヘテロ接合や電流注入のためのPIN接合などの様々な機能構造を成長中に作りこむことができる。

※2 フォトニック結晶
屈折率が光の波長と同程度の長さで周期的に変調された構造のことを指し、通常ナノ加工技術でシリコンなどの誘電体に人工的な周期構造を形成することによって作製される。このようにして作製されたフォトニック結晶は光絶縁体として機能するため、通常の物質では不可能な強い光閉じ込めが可能となり、デバイスの超小型化を実現する。

※3 光ナノ共振器
光共振器とは、光を空間的に閉じ込める機能を持つ素子。光は狭いところに閉じ込めにくいため、高性能共振器の小型化は一般に難しい。従来、波長の10~100倍程度の小型共振器は光マイクロ共振器と呼ばれていたが、閉じ込め体積が1立方ミクロン以下になると光ナノ共振器と呼ばれており、フォトニック結晶を用いて高性能な光ナノ共振器が実現されている。

※4 パーセル効果
光を強く閉じ込める光ナノ共振器中では、閉じ込めの強さに比例して物質の発光が高速化されることが知られており、提唱者の名前にちなんでパーセル効果と呼ばれている。

※5 原子間力顕微鏡
微細なプローブで試料表面を走査し、そのときの試料表面とプローブ間に働く原子間力を一定に保つフィードバックをかけることにより、表面形状を計測する装置。本成果では、微細プローブを走査する機能を用いて、ナノワイヤを配置している。