NTT物性科学基礎研究所

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2014年03月18日

世界最大、100万ビット規模の量子コンピュータ実現に向けた新手法を確立

~光格子中の原子すべてをもつれ合わせ計算リソースに~

NTT物性科学基礎研究所は、光格子※1中に束縛された約100万個の原子に対して量子コンピュータのリソースとなる大規模な量子もつれ状態※2を高精度かつ高速に生成する手法を世界で初めて確立しました。
本成果により、量子コンピュータ※3実現に向けて重要な課題となっている、量子ビットのサイズ拡張性やエラーの低減を図ることが可能となることから、100万ビット規模の量子計算が実現できる可能性が大きく広がったといえます。
  今回の成果は、米国の科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」(Physical Review Letters)誌電子版(3月17日付)に掲載されます。

  本研究の一部は科学技術振興機構:戦略的創造研究推進事業(CREST) の援助を受けて行われました。

High-Fidelity Cluster State Generation for Ultracold Atoms in an Optical Lattice
Kensuke Inaba, Yuuki Tokunaga, Kiyoshi Tamaki, Kazuhiro Igeta, and Makoto Yamashita
Phys. Rev. Lett. 112, 110501 (2014) – Published 17 March 2014

ニュースリリース
量子光制御研究グループ

量子コンピュータ(図1)実現への最大の課題は量子ビットのサイズ拡張性とエラーの低減にあります。この課題を解決する方法として光格子の応用が注目されています。光格子(図2)は光の波長(< 1μm(マイクロメートル))程度の間隔に周期的に1個ずつの原子を閉じ込めることが可能であり、均一で理想的な量子ビットとなる原子を他の物理系に比べてコンパクトに大量に集積化できる技術として期待されていました。実際にこの技術を用いた光格子時計※4図3)などの既に実証済みの有望な応用があります。もしこのような大量の量子ビット間に特定の大規模量子もつれ状態(図4)を作成することが可能となれば、あとは、個別の原子測定という量子ゲートに比べて容易な処理をすることにより、測定型の量子計算が実現できることが知られています(図5)。しかし、光格子中の原子は集積性や均一性が優れている一方、人為的な制御性が困難な面があり、量子計算に求められるような大規模量子もつれ状態を高精度かつ高速に作る方法はこれまで明らかにされていませんでした。

今回、NTT物性科学基礎研究所及びNTTセキュアプラットフォーム研究所は、これまでの研究で培った、冷却原子の研究技術・量子情報処理の研究技術の強みをコラボレーションした研究により、量子コンピュータの計算リソースとして用いることの出来る、大規模な量子もつれ状態を光格子中に束縛された原子に対して高精度(理想的なもつれ生成に対して99%以上の一致度合い)かつ高速(~1ms)に作る手法を世界で初めて確立しました。これまでは、量子もつれの生成において、精度よくゲート操作をしようとすると遅くなってしまい、速くゲート操作を行おうとすると精度が悪くなるというトレードオフがありました。また、大規模量子もつれ状態を生成しようとすると複数の量子ビット間でクロストーク(混線)が起こり、エラーが大きくなるという課題がありました。今回、両研究所は、レーザー光やその強度の調整により光格子を巧みに設計することで精度と速度のトレードオフ及びクロストークの問題も解消した高精度、高速かつサイズ拡張性のある量子もつれを生成する手法を確立しました。これにより、100万ビット規模の量子計算の実現可能性が大きく広がったといえます。

技術のポイント

  1. 量子ビットに光格子中の原子を適用
    光格子は、レーザー光で作られた人工の結晶と見なすことができ、欠陥や不純物のない理想的な結晶になっています。この結晶は光の波長(< 1μm)程度の間隔の周期的な構造を持ち、その中に1個ずつの原子を安定して閉じ込めることができます。現状の技術では1辺100μm以下の3次元空間に、約100万個の原子を閉じ込めることが可能です。この原子一つひとつを量子ビットとして用いることで、高い集積性及び均一性が得られます。
  2. 高精度、高速度、サイズ拡張性を兼ね備えた量子もつれ生成方式
      量子ビットのエラーを少なくするには、他の量子ビットと接触しない状況にすることが望ましいですが、量子ビット間に量子もつれの生成を試みると、なんらかの接触が生じ、その際に望まないエラーが生じてしまう課題がありました(図6)が、今回、量子ビット間を仲介する物理的状態を1つだけに絞り、かつこれを補助状態として積極的に有効活用する新しい手法により、高精度の量子もつれゲートを作成することに成功しました(図7)。具体的には、振動同期法(図8)により精度-速度トレードオフを解消し、対制御法(図9)によりクロストークの起きないよう並列に量子もつれを生成し、さらに、エラー除去法(図10)によりエラーを欠損に転化することでさらなるエラー耐性を得ることが出来ました。
      本生成方式の特筆すべき点は、レーザー光(やマイクロ波など)の照射やその強度の調整など、確立されている技術を組み合わせて容易に実装できるシンプルなものであることです。また、現状のサイズ限界(約100万個)は原子の束縛技術に依存しており、今後さらに大量の原子が束縛可能になれば本方式は同じように適用できます。
  3. 厳密な数値計算技術による性能確認
    上記における生成方式について、第一原理的なモデル化と厳密な数値計算※5によって性能を確認しました。光格子中に束縛された冷却原子系はクリーンで理想的な物理系のため理論数値計算との整合性が非常に高くなることから、本方式を実験で忠実に実現できることが期待できます。

本手法による大規模量子もつれ生成の実証実験を行うべく、具体的な実験装置や実施条件などの検討を進めます。並行して、原子の個別測定に対応していくとともに、3次元に比べて比較的に個別測定が容易な2次元光格子を生成のうえ、今後5年以内に1万ビット程度の測定型量子コンピュータが実現できるよう研究開発に取り組んでまいります。その後において、3次元光格子・100万ビット程度への大規模化を目指します。

【用語解説】

※1 光格子
レーザー干渉を利用して作られた光の波長程度の間隔の格子構造。各格子点に原子を一つずつ閉じ込めて量子ビットにすることが可能であり、集積性に優れている。

※2 量子もつれ状態
複数の量子ビットが量子力学を用いないと記述できない特異な相関をもっている状態。空間的に離れてもつれ合っている一方への物理的操作の影響が他方へも及ぼす。この特異な相関を量子演算や量子テレポーテーションに用いることが可能である。

※3 量子コンピュータ
量子力学的な状態である「量子ビット」に様々な演算をさせることにより情報処理を行うコンピュータ。 演算途中の状態で「重ね合わせ」や「量子もつれ」という量子特有の状態を扱えるため、素因数分解やデータベース検索などにおいては、現状のコンピュータとは桁違いの速さで処理が可能になる。

※4 光格子時計
近年開発された光格子中の原子を用いた原子時計。高い集積性を利用し、原子時計の精度を劇的に改善した。

※5 第一原理的なモデル化と厳密な数値計算
原子の量子力学的な状態及び運動を、近似を用いずモデル化し、厳密な数値計算によって求めること。原子数が少数の場合のみ厳密な解析が可能。原子数の増加に対して精度がどのように変化するかを調べることで拡張性を確認可能。