NTT物性科学基礎研究所

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2014年05月26日

100ビットを超える集積型光メモリを世界で初めて実現

~ 超高速、低消費電力の情報処理に向けて前進 ~

NTT物性科学基礎研究所は、フォトニック結晶※1を用いた光ナノ共振器※2をベースとする超小型光メモリをチップ内に集積することにより、世界で初めて100ビットを超える光ランダムアクセスメモリ(RAM)※3を実現しました。
  本成果により、高速な光信号を電気に変換せずに高度な情報処理を行うことが可能となり、情報通信技術(ICT)の高速化、低消費エネルギー化が期待されます。

ここで得られた成果は、2014年5月25日(英国時間)に英国科学雑誌「ネイチャー・フォトニクス」のオンライン速報版で公開されます。

ニュースリリース
フォトニックナノ構造研究グループ

情報通信技術(ICT)はその急速な発展によって消費電力が爆発的に増大しており、これを抜本的に削減する技術の導入が強く求められています。ICTにおいて大半を消費しているのはルーター、データセンタなどの電気機器ですが、電気信号処理のエネルギー消費と発熱は、扱う情報量が増え処理速度が速くなるほど増大する傾向があり、これが消費電力の増大を招いています。そこでこの制限を受けない光信号による情報処理を機器の中に導入することが検討されています。
 高度な情報処理にはランダムアクセスメモリ(RAM)が必須ですが、従来の光メモリはサイズが大きく、多数個を集積することが難しいため、RAMは光化が最も難しいデバイスの一つと考えられてきました。そこで、NTTでは2012年にフォトニック結晶と呼ばれる光を強く閉じ込める性質を持つ特殊な人工構造を用いた超小型メモリを図1(①)に示す並列方式で4ビット集積した光RAMを実現しましたが、多数個を集積動作させるには至っていませんでした。

NTTにおいて、極微細加工技術を用いて大規模光集積及び光情報処理の極低消費エネルギー化に関する研究開発を行っている「ナノフォトニクスセンタ」(神奈川県厚木市、以下NPC)は、今回、超小型の光メモリを集積動作させるために図1(②)に示す波長多重方式※4を採用し、同方式に適した新しい超小型光ナノ共振器構造(図5で説明)を開発することによって、世界で初めて100ビットを超える光RAMの集積に成功しました。  これまでの光メモリは最大でも上述の4ビットどまりであり、今回の100ビットを超える光RAMの実現は本格的な大規模光RAMの実現に向けた大きな進展であり、光情報処理用の実用的な光RAMの実現に大きく近づきました。また、このようなミクロンスケールの光デバイスを100個を超えるレベルで高密度に集積できたのはメモリに限らなくとも初めてのことであり、光集積技術が、トランジスタ等の電子デバイスと同じように大規模に集積できる可能性を示す結果としても大きな意義があります。  今回、実現した光メモリを図2に示します。1本の入出力用光導波路の横に動作波長の異なる多数個の光メモリが直列に集積されており、入力する光信号波長を選択することによって各メモリビットにランダムに書き込み、読み出しが可能となります。本成果では、高度な波長精度を有するナノ加工技術を用いて、シリコンを母材としたフォトニック結晶中に共振波長がわずかづつ異なる100個以上の光ナノ共振器を集積して作製することにより、この構成を実現しました。強い光閉じ込め作用により、光は各共振器中のわずか0.1立方ミクロン以下の体積の領域に閉じ込められており、共振器はほぼ8ミクロン間隔で高密度に並べられています。その結果、以下に詳細を説明するように、最大で105個の集積光メモリが独立に動作することを確認しました(図3及び図4)。

メモリ動作の実験概要について

  1. 作製した素子は、波長の異なる105本の独立な共鳴線を持ちます。素子に外部から光を入力して、出力した光を測定することによりこれを確認しました。(図3
  2. 各共鳴線に合わせた波長の光を素子に入力することにより、対応するビットに対する書き込み及び読み出し動作をランダムに行うことが可能となります。図4(①)に示すような書き込み用パルスと消去用パルスを含む光信号を入力したときの、典型的な出力波形を図4(②)に示します。はじめに状態”0”にあった光出力が、書き込みパルス入力後に状態”1”に変化し、そのまま保持されており、情報が書きこまれたことを示しています。最後に情報が消去されて状態”0”に戻っており、情報が消去されたことがわかります。図4(③)はすべての共鳴線について図4(④)と同様な動作が実現している結果を示しています。
  3. 105個のビットに”0”と”1”の情報を入力したときの各メモリの光出力をまとめたものが図4(④)に示されています。全105ビットにおいて、”0”と”1”のバイナリな情報が十分なコントラスを持って正しく書き込まれていることを示しています。

技術のポイント

  1. 波長多重集積に適したナノ共振器構造の採用(図5
    図1(②)の構成で光メモリを直列に集積し、各ビットを個別の波長でランダムに呼び出すためには、各ビット間の波長の重なりを避けなければなりません。そのためには、狭い共振幅を持ち、単一の共振モードを持つ共振器が必要となりますが、従来の光ナノ共振器ではこの特性を満たすことが難しかったため、6個の穴位置を3つのパラメータを用いて最適化した独自の共振器構造を考案し、上述の要請を満たすことに成功しました。この共振器中で光はわずか0.1立方ミクロン以下の小さな体積の中に閉じ込められており、メモリの超小型化も同時に達成されています。
  2. 高精度な波長多重集積技術(図6
    各波長を独立に動かすためには、設計上の波長だけでなく、作製した共振器の波長精度が問題となります。NPCでは高度な電子線リソグラフィ技術と半導体微細加工技術を用いてフォトニック結晶を作製することにより、高い波長精度を実現しました。図に示されているように全ビットの波長は、ほぼ設計通りに実現しており、波長の統計的なばらつきは小さく抑えられています。

今回実現した波長多重型の直列集積方式を、空間多重型の並列集積方式と組み合わせることによって、2次元配置の集積光メモリを作製し、さらなる高ビット化を目指します。最終的にキロバイト程度の光メモリができれば、ルーティング処理等の高度なネットワーク処理へ応用することができると考えています。また、本成果の波長多重集積技術はメモリ以外の光デバイスにも適用可能であることから、ルーティング処理以外の様々な光伝送、光処理を波長多重化して、チップサイズに集積して利用可能とする研究開発も並行して進めます。
なお、この技術はあらゆるICT機器の中で用いられているマイクロプロセッサのような小さな媒体の中の情報処理を高速化、低消費電力化することにも有効だと考えられます。近年、マイクロプロセッサはメニーコア化が急速に進んでいるため、チップ内部で大容量の通信が必要となりつつあり、将来的には内部のネットワーク処理が消費電力の大半を占めることが予想されていますが、本技術は高度な光ネットワーク処理をチップ中に集積できる可能性を持つことから、チップ内のネットワーク処理を光化して、低消費電力の高性能マイクロプロセッサを実現する技術としても期待されます。

【用語解説】

※1 ... フォトニック結晶
屈折率が光の波長と同程度の長さで周期的に変調された構造のことを指し、通常ナノ加工技術でシリコンなどの誘電体を微細加工することによって作製される。フォトニック結晶は光絶縁体として機能するため、通常の物質では不可能な強い光閉じ込めが可能となる。

※2 ... 光ナノ共振器
光共振器とは、光を空間的に閉じ込める機能を持つ素子。光は狭いところに閉じ込めにくいた ため、高性能共振器の小型化は難しい。従来、波長の10~100倍程度の小型共振器は光マイクロ共振器と呼ばれていたが、閉じ込め体積が1立方ミクロン以下になると光ナノ共振器と呼ばれている。

※3 ... ランダムアクセスメモリ(RAM)
情報をビット単位で記憶し、各ビットをランダムに読み書きできる記憶装置で、コンピュータ等の情報機器で広く用いられている。通常、トランジスタをベースとした半導体電子素子で構成される。

※4 ... 波長多重方式
異なる情報を異なる波長の光に載せることにより、多量な情報を一括して同時に扱うことを可能とする情報伝送方式。WDMは光特有の性質を使っており、電気信号による情報処理と光信号による情報処理を比べた場合の、後者の持つ最も重要なメリットの一つである。光ファイバーを用いた通信においてすでに用いられており、情報伝送量を飛躍的に増大させることを可能にしている。