NTT物性科学基礎研究所

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2014年12月17日

世界最速レベルのシャッタースピードで高速で動く電子のストロボ撮影に成功

~アト秒パルスを用いた内殻電子の超高速ダイナミクスの観測~

 NTT物性科学基礎研究所(以下 NTT物性研)と東京理科大学は、超高速なアト秒(10-18 秒:as)の時間幅を持つ単一アト秒パルス※1を用い、これまで観測することが困難であった「内殻電子」※2のダイナミクス(動き)を観測することに成功しました。これは、世界最短級であるアト秒の時間幅を持つ極端紫外光パルスの発生・評価技術と、スペクトル位相干渉法※3と呼ばれる電子の運動に関する情報を引き出す計測技術を組み合わせることによって、極めて高速なストロボ撮影法を確立したものであり、振動周期、位相、緩和時間といった「内殻電子」の動きに関するすべての情報を取得可能なことが特徴です。
 この成果は、「内殻電子」のダイナミクスが関わる新たな超高速物性の探索、「内殻電子」を制御する新たな極限的高速デバイスや化学反応制御の開拓につながるものと期待されます。

この成果は、2014年12月16日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」で公開されます
なお、本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

ニュースリリース
量子光デバイス研究グループ

 高度情報化社会の進展により発生する、日々飛び交う膨大なデータ量を処理する技術は、光通信技術や光インターコネクト技術などの超高速光情報処理技術により支えられています。高速な光情報処理には、一度に並列処理するデータ量を高める「大容量化技術」と共に、高速で動作する光スイッチや光検出器など単位時間あたりのデータ処理速度を高める「高速化技術」が重要です。この「高速化」において最も基本となる技術は、高速で変化する物理現象を観測して制御する技術です。そして、この技術をさらに超高速化し、さらにもっと速い原子や分子の「動き」といった現象を見ようとすることは従来見ることができなかった超高速現象の計測・探索そして制御につながる可能性があります。
 速い「動き」を「止まって見える」ようにできるかは、どれだけ速いシャッタースピード(=時間分解能)を実現できるかにかかっていますが、物質を構成する原子や分子の「動き」といった現象を見る場合には、「一瞬だけ輝く」レーザー光(光パルス)をカメラのストロボのように使ってコマ撮りをします。この時、レーザー光パルスの時間幅(パルス幅)が短ければ短いほど、原子、分子の動きといった、目で見ることのできないより高速な現象を見ることができるようになります。
 NTT物性研では、より高速な物理現象を探索し、さらに高速で動作する光スイッチなどの動作原理へとつなげるため、アト秒(100京分の1秒:10-18秒)という世界最短級のパルス幅を持つパルス発生技術とそれを用いた超高速物理現象の計測技術の研究を進めており、世界の中でもトップクラスの技術を有しています。アト秒の時間領域に入ると、原子や分子の動きよりも高速で動く、原子、分子の内部を構成する電子の動きを捉えることが可能となってきます。
 原子を構成する電子は、「外殻電子」と「内殻電子」に分類できますが、「内殻電子」は通常、光情報処理デバイス等で利用している「外殻電子(=価電子)」よりも1桁以上高いエネルギーを持ち、動きもさらに高速です(図1)。そのため、「内殻電子」の動きを正確に計測し、自在に操ることができれば、極めて高速な光情報処理技術の動作原理につながる可能性があり、重要な研究課題として「内殻電子」のダイナミクス(動き)が注目されつつあります。しかし、あまりに高速のため、今ある技術での測定が困難とされてきました。
 NTT物性研では、「内殻電子」の緩和時間より短いアト秒パルスと、電子の運動に関する情報を引き出すことが可能なスペクトル位相干渉法を組み合わせることによって、「内殻電子」を観測するためのストロボ撮影技術が実現するのではないかというアイデアを着想しました。そこで、レーザー工学という観点からスペクトル位相干渉法を研究し、本方法について技術的に造詣の深い東京理科大学と連携することによって、本アイデアの具現化に向け、研究を進めてまいりました。

 今回、NTT物性研と東京理科大学の研究チームは、世界最短級の単一のアト秒パルス発生及び評価技術と、スペクトル位相干渉法を組み合わせることにより、これまで観測することが困難であった「内殻電子」のダイナミクスを観測することに世界で初めて成功しました。本研究では、原子を構成する電子の中でも、特に短い時間スケールで動くこの「内殻電子」が励起されたことにより作られる双極子※4の振動の周期・位相・緩和する時間といった「動き」を決定するパラメータを求めることができました(図2)。

行った実験の説明

  1. 「内殻電子」の双極子の「動き」を観測するためには、単一アト秒パルスをサンプル(本実験ではガス状のネオン原子を使用)に照射し、2つの光パルス(単一アト秒パルス及び内殻電子が作る双極子応答からの光放射)が構築するスペクトル干渉波形を計測します(図3)。単一アト秒パルスの発生には、世界最短級のパルス幅を実現できる二重光学ゲート法(Double Optical Gate法: DOG法) ※5を用いました(図4)。このスペクトル干渉波形には、ネオン原子における「内殻電子」の作る双極子応答の情報がすべて含まれています。このスペクトル干渉波形から、単一アト秒パルスの情報を差し引くことによって、「内殻電子」の作る双極子応答の情報を抽出することが可能です。
  2. スペクトル干渉波形から差し引くべき、単一アト秒パルスの情報を求めるために、アト秒ストリーク法と呼ばれる評価技術を用いて、DOG法で発生させた単一アト秒パルスを評価しました。本計測により、発生させた単一アト秒パルスのパルス波形(パルス幅)、スペクトル波形及びその位相のすべての情報を決定することができました(図5)。
  3. ネオン原子の2s-3p遷移によって作られる「内殻電子」の双極子放射のパルスと、単一アト秒パルスが作るスペクトル干渉波形を計測しました(図6)。このスペクトル干渉波形から、スペクトル位相干渉法(図7)を用いて、②で決定したアト秒パルスの情報を差し引き、「内殻電子」の「動き」を決定しました(図1)。

技術のポイント

  1. 二重光学ゲート法(DOG法)による単一アト秒パルスの発生(NTT物性研)(図4)
     アト秒パルスは、高い強度を有する直線偏光フェムト秒レーザーパルスを希ガスなどの非線形媒質に照射することによって生じる高次高調波※6として発生します。高次高調波発生過程は、(i)高強度フェムト秒パルスの照射によって、希ガス原子内のクーロンポテンシャルが歪み、電子が原子から飛び出す(トンネルイオン化)、(ii)飛び出した電子は、その後に続く高強度フェムト秒パルスの光電界に従って動く、(iii)直線偏光であるため、電界が反転することによって、元のイオン殻に近い位置まで引き戻されると、再結合して高調波を放射する、という3ステップモデルで説明できます。そのため、アト秒パルスは、直線偏光の時のみ発生すると共に、照射する高強度フェムト秒パルスの半周期毎に発生し、通常は、多数のアト秒パルス列が連なるパルス列として存在します。DOG法は、波長板と非線形結晶という3枚の簡単な光学部品を使うだけで、高強度フェムト秒パルスの中の半周期分だけを直線偏光にし、アト秒パルスの発生を半周期内に制限するという手法であり、アト秒パルス列の中から単一のアト秒パルスとして取り出すことが可能です。
  2.  アト秒ストリーク法によるアト秒パルスの波形計測(NTT物性研)(図5)
    アト秒ストリーク法とは、発生させた単一のアト秒パルスの波形を評価する手法です。評価すべきアト秒パルスを希ガスに照射すると光電子を放出します。アト秒パルスと時間的に同期したフェムト秒レーザーパルス(近赤外チタンサファイアレーザー)を同時に希ガスに照射すると、放出された光電子のエネルギーはフェムト秒レーザーパルスの光電界によってエネルギーが変化(運動量が与えられる)します。アト秒パルスとフェムト秒レーザーパルスの時間差を少しずつ変え、それぞれの時間差で光電子のエネルギーを計測するとアト秒パルスとフェムト秒レーザーパルスの情報がすべて含まれたアト秒ストリーク波形を得ることができます。このアト秒ストリーク波形より、アト秒パルスのパルス波形、スペクトル波形、そしてその位相の情報すべてを求めることができます。
  3. スペクトル位相干渉法(SPIDER法)による内殻電子双極子の運動計測(NTT物性研・東京理科大学)(図7)
     スペクトル位相干渉法(Spectral Phase Interferometry for Direct Electric-field Reconstruction: SPIDER法)は、放射された光のパルス波形・スペクトル波形・位相の情報を求めることにより、光の放射源になっている双極子の振動周期・位相・緩和する時間といった「動き」に関するパラメータを決定する手法です。その情報を取得するための第1ステップは、双極子を誘導するための光パルスと双極子が放射する光パルスが干渉したスペクトル干渉波形を計測し、それをフーリエ変換します。ここでは、「内殻電子」が作る極めて緩和時間の短い双極子が計測対象であるため、双極子を作るためには単一アト秒パルスを用います。この単一アト秒パルスがストロボの役目をします。第2ステップは、時間領域へフーリエ変換したスペクトルから、単一アト秒パルスの情報を除去し、双極子が放射する光パルスの情報のみを抽出します。そして、最終ステップとして、再びフーリエ変換をし、双極子放射の振動周期、位相、緩和する時間の情報を導出します。ここで得られる位相情報は、単一アト秒パルスの位相に対する相対値であるので、アト秒ストリーク法によって求めた単一アト秒パルスの位相を元に、最終的な双極子の位相を求めることが可能となります。

 今回、計測した対象は最も単純な物質の形態である原子における内殻電子です。本計測手法の応用範囲を更に広げるためには、原子だけでは無く、分子やデバイス等で用いる固体でも計測可能にする必要があり、今後は、まず、固体の内殻電子の動きを計測する研究を主として進めていきます。加えて、シャッタースピードを制限するアト秒パルスの時間幅が短いほどより速い現象をぼけることなく捉えることができることから、現在のアト秒パルスの世界最短記録である67 asを超える最短アト秒パルスの発生と、それを用いた最短時間分解能を持つ内殻電子ストロボ撮影法の実現を目指します。
 また、本成果によって、内殻電子の運動を捉える観測手法が実現したことにより、価電子と同じように、「内殻電子」を計測・制御する技術への第一歩が拓かれました。「内殻電子」は「外殻電子」と比較して、エネルギーが高く、高速に応答するため、将来的には、「内殻電子」のダイナミクスが関わる新たな超高速物性の解明や、従来の技術と比べて桁違いに高速で動作するデバイス原理の探索を目指します。また、「内殻電子」は、「より原子核に近い位置に存在(局在)している」ため、物質内の特定元素における化学結合を選択的に切断するという新しい化学反応や微細寸法で材料を加工する技術につながる可能性があります。

論文掲載情報

H. Mashiko, T.Yamaguchi, K. Oguri, A. Suda and H. Gotoh
Characterizing inner-shell with spectral phase interferometry for direct electric-field reconstruction
Nature Communications (2014).

【用語解説】

※1 ... アト秒パルス
アト秒オーダー(1x10-18 ~ 1000x10-18秒)の時間幅を持つ光パルスのことを指し、これまで確認されているアト秒パルスは、およそ3~30 nmといった極端紫外領域の波長領域にあります。現在までのところ、世界最短の時間幅を有するアト秒パルスは、67 asです。

※2 ... 内殻電子
原子は、中心にある原子核とそのまわりにある複数の電子から構成されており、それぞれの電子がそのエネルギーに従って原子核に束縛されています。最もゆるく束縛されている電子は、最も原子核から遠い位置に分布しており、外殻電子または価電子と呼ばれます。価電子よりも強く束縛され、より原子核に近い位置に分布している電子を総称して内殻電子と呼びます。

※3 ... スペクトル位相干渉法
2つの光パルスを分光器上で干渉させ、スペクトル状に現れる干渉パターンから、光パルスに関するすべての情報(振動、パルス波形(緩和時間)、位相)を解析する方法。

※4 ... 双極子
一般に、大きさの等しい正負の電荷が対となって存在する状態を(電気)双極子と呼びます。光で物質を励起した場合も、励起された電子と電子の抜けたイオン殻がちょうど正負の対となり、双極子を形成します。双極子が時間的に変動すると、電荷の加速度運動により電磁波放射することもでき、これを双極子放射と呼びます。今回の実験では、内殻電子が励起されたことにより形成された双極子を計測の対象としました。

※5 ... 二重光学ゲート法(Double Optical Gate法: DOG法)
通常、基本波周期の二倍の時間間隔で発生するアト秒パルス列の中から単一のアト秒パルスのみ取り出すアト秒パルス発生法。円偏光パルスと二倍波パルスの合成光を基本波することによって、基本波パルス中の半周期分だけを直線偏光にし、アト秒パルスの発生を半周期内に制限するという手法。

※6 ... 高次高調波
高調波とは、ある周波数成分をもつ光(波動)に対して、その整数倍の周波数成分を持つ光のことを指します。高次高調波とは、高強度超短パルスレーザー光を希ガス等の媒質を集光した際に、極めて強い非線形効果により発生する、集光したレーザー光の周波数の数十倍といった高い次数の高調波のことを言います。そのため、高次高調波の波長は、一般的には、極端紫外光領域や軟X線領域にあります。