低電子密度2次元電子系の非線形遮蔽・線形遮蔽領域の発光分光

分子線エピタキシによって成長したGaAs量子井戸を用いて作製するゲート付非ドープ量子井戸では、ゲートバイアスによって電子を量子井戸に誘起することで、半導体試料において高品質な低密度2次元電子系を形成できる。低電子密度では電子間のクーロン相互作用の寄与によるウィグナ結晶化等の興味深い現象の発現が予想されているが、現実の試料ではランダムポテンシャルの寄与を無視することは出来ないため、誘起された電子によるランダムポテンシャルの遮蔽の効果が重要になる。

      本研究では、ゲート付非ドープ量子井戸を用いてゲートバイアスによって電子密度を変えながら低温での発光分光測定を行い、電子誘起によるランダムポテンシャルの遮蔽状態の変化に伴う発光スペクトルの移り変わりを調べた[1]。 量子井戸のバンド間光励起による発光スペクトル測定では、低バイアスで電子が誘起されていない状態から、バイアスによって2次元電子系が形成された状態にわたって連続的に変化を追うことが出来る。その発光スペクトルは励起子(X0)、局在荷電励起子(X-)から、2次元電子と光励起された正孔との再結合(2DES-hole)による発光へと変化する。図1では、この励起子から2DES-holeへの発光スペクトルの移り変わりを下から順に示している。その発光強度と線幅のゲートバイアスに対する変化を抽出すると、図2に示すように2段階の変化を示していることが明らかとなった。これは、電子が局在した領域から、ポテンシャルの谷にのみ電子が存在して不完全にランダムポテンシャルを遮蔽する領域(非線形遮蔽領域)、全体に2次元電子系が広がって有効にランダムポテンシャルを遮蔽する領域(線形遮蔽領域)へと状態が変化するためと考えられる。今回用いた試料のランダムポテンシャルは、試料の表面電荷に起因すると考えられ、表面から量子井戸までの距離を離した試料に於いてランダムポテンシャルはさらに軽減されると期待される。

本研究の一部は科学技術振興機構CRESTの援助を受けて行われた。

[1] M. Yamaguchi et al., Phys. Rev. Lett., 100(2008)207401. 

 

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Reseach Topics

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