- 研究の背景
これまで、微小な磁石ともいえる電子スピンは、外部からかける磁界により制御されてきました。一方、半導体エレクトロニクスは、ゲート電圧により、チャネルの特性が制御できるという特徴を活かしてトランジスタ、LSIへと発展してきました。電子スピンを用いた次世代スピントロニクス素子を実現するには、ゲート電圧によるスピンの制御が必要です。物性科学基礎研究所では、半導体中のスピン分離エネルギーがゲート電圧により制御可能であることを実証しました。これは、スピンフィルターやスピントランジスタなどスピン機能素子へ向けての第1歩となる成果です。
- ゲート電圧によるスピン制御
磁界をかけると、スピンの縮退がとけ磁界と平行なスピンと反平行スピンの間にはエネルギー差ができることが知られています。スピン軌道相互作用は相対論的な効果で、電界中を電子が高速に運動することにより、電界と運動方向 に垂直に有効な磁界を感じることになります。従って、この電界が外部から制御できれば、スピン軌道相互作用の強さを変え、有効な磁界の周りでのスピンの歳差回転運動を制御できることになります。III-V族半導体では、この電界の起源として、Dresselhausによって提唱された結晶場による電界を起源とするスピン軌道相互作用と、Rashbaによって提唱されたヘテロ界面における電界を起源とするスピン軌道相互作用が知られています。
我々は、InGaAs/InAlAsヘテロ構造を工夫し、ゲート電極によりポテンシャル構造がゲート電圧により容易に制御できるような構造を作製しました。スピン軌道相互作用の強さは、Shubnikov-de Haas (SdH)振動のビートパターンや反弱局在解析から評価しました。その結果、Rashbaのスピン軌道相互作用が重要な役割を果たしていることを示すとともに、スピン軌道相互作用の強さがゲート電圧によって制御可能であることを初めて実験的に確認しました。
参考文献
"Gate control of spin-orbit interaction in an inverted InGaAs/InAlAs heterostructure"
J. Nitta, T. Akazaki, H. Takayanagi, and T. Enoki
Phys. Rev. Lett., 78, 1335 (1997).
"Rashba spin-orbit coupling probed by the weak antilocalization analysis in InAlAs/InGaAs/InAlAs quantum wells as a function of quantum well asymmetry"
T. Koga, J. Nitta, T. Akazaki, and H. Takayanagi
Phys. Rev. Lett., 89, 046801 (2002).