ラップゲート構造を有するIn0.75Ga0.25As量子ポイントコンタクト

 

電子をフェルミ波長程度まで閉じ込めた量子構造(量子ポイントコンタクトQPCや量子ドットQD)における電子伝導の研究には、GaAs中に形成された高移動度2次元電子ガスが主に使用されてきた。伝導層に高インジウム組成InGaAs を用いると、従来の量子構造には無い特徴を付与できる。高インジウム組成InGaAs中ではスピン軌道相互作用が強く、電子がQPCを通過する際、スピンの向きに応じた選択的スピン反転が生じることが理論的に予測されている。これはQPCがスピン偏極生成素子として動作することを意味し、半導体スピントロニクスへの応用が期待される。また、高インジウム組成InGaAsは、金属や超伝導体に対しショットキー障壁を形成せず、良好な超伝導・半導体接合を実現できる。そのため、超伝導・半導体接合で生じるアンドレーエフ反射の研究に用いられてきた。今後InGaAsを用いたQPCやQDと超伝導電極を組み合わせることによって、低次元性に由来した電子状態やスピン相関をアンドレーエフ反射によって検出できる可能性があり、基礎物理探求の観点から興味深い。我々は、QPC構造の作製方法を改良し、従来困難であった高インジウム組成InGaAsをベースにした良好なQPCの実現に成功した。

QPC作製には、In0.75Ga0.25Asを2次元電子ガス層に持つInGaAs/InAlAs/InPヘテロ構造基板を用いた。電子線リソグラフィー及びドライエッチングにより幅~100 nm、長さ~160 nmの細線メサ加工を施し、原子層堆積法(ALD)法により厚さ20 nmのAl2O3を堆積する。ALD法の高い被覆性により、メサ上部だけでなく側壁にも均一な絶縁膜が形成され、側壁からのゲート操作が可能となる。絶縁膜形成に続き、メサ形状に合わせて幅~120 nmのゲート電極を形成しQPCが完成する。図 1と2に、作製したQPC構造の電子顕微鏡像と断面の模式図を示す。エッチングによる物理的閉じ込めに加え、ラップゲート構造による三方向からの電界狭窄を行うことで、効率的なゲート制御を行うことが出来る。図3には、低温かつ零磁場下におけるQPCの電気伝導特性を示す。ゲート電圧に対し電気伝導度が階段状に変化し、その変化量が量子化伝導率2e2/hと一致している。これは、QPC部に1次元チャネルが形成され、ゲート電極によってその占有数が変化している様を示している。また、ラップゲート型の素子構造に由来する非常に大きな1次元チャネル間のエネルギー分離幅の効果により、30K程度の高温までQPC動作することも明らかとなった。本手法は、QDへの拡張や幅の狭い超伝導電極間への配置が可能であり、スピン軌道相互作用や超伝導・半導体接合に関する新たな研究手法として発展が期待される。

 

WrapGateQPC-Jnew.gif

Reseach Topics

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