半導体量子ドットに閉じ込められた局在電子のスピンは、周囲の伝導電子のスピンと強く相互作用することで、スピン一重項のコヒーレントな量子多体状態を形成する。これは近藤効果として知られ、温度、電場、磁場などのパラメータに敏感に反応して状態が変化することが知られている。近藤効果では局在電子と伝導電子のスピンが共に重要な役割を果たすため、伝導電子のスピンが片方に偏極すると近藤効果は著しく抑制されることが予想される。しかしながら、100%近い高いスピン偏極状態を形成する技術はこれまで確立されておらず、伝導電子のスピン蓄積が、近藤効果に及ぼす影響についてこれまで実験的に調べることはできなかった。今回、我々は強磁場中の量子細線におけるスピンフィルタの特性を向上させることで、90%以上スピン偏極したスピン偏極電流を生成した。また量子ドットの片方の電極に上向きスピンのみを蓄積することで、近藤効果が連続的に変調される様子を観測することに成功した。
近藤効果では、フェルミエネルギーの伝導電子が共鳴的に局在電子と相互作用するため、電極の化学ポテンシャルm の位置に近藤状態密度(KDOS)が形成される。KDOSはm と連動しているため、量子細線から量子ドットにスピン偏極電流を注入し、上向きスピンのm のみを変化させると、上向きスピンのKDOSのみがシフトしKDOSのスピン分裂幅が変化する。KDOSの位置は、量子ドットの微分コンダクタンス gD のピーク位置として測定することができる。
[1] T. Kobayashi et al., Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 036804.