NTT物性科学基礎研究所

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2014年06月30日

原子1個の誤差も無い半導体量子ドットの作製に成功

~ 原子ブロックで電子を閉じ込める超精密ナノ構造を実現 ~

 NTT物性科学基礎研究所(以下NTT物性研)は、ドイツのポール・ドルーデ研究所(以下 PDI)及び米国のネイバル・リサーチ研究所(以下 NRL)との連携により、原子1個の誤差もない高精度で位置と構造が制御された量子ドット※1(人工原子※2)と、それを組み合わせた人工分子※2を作製することに成功しました。これは、分子線エピタキシャル成長(MBE)法※3によって作製した半導体の清浄表面の上に、低温走査トンネル顕微鏡(STM)※4を用いた原子操作※5によって、原子をブロックのように積み上げることで実現したものです。
 この技術を用いれば、原子のように特性が完全にそろった量子ドットを半導体基板上に自由に配列することができるため、完全に波長の揃った単一光子源※6や、同一の特性を持つ量子ビット※7列など、これまで構造の誤差によって実現が困難だった、原子レベルの再現性をもつ究極の量子デバイスが作製可能になります。さらにこのようなナノ構造※8を多数集積化し、制御することができれば、量子コンピュータや、従来のシリコン技術の限界を超えた“Beyond CMOS”※9と呼ばれる次世代技術に応用できる可能性があります。
 この成果は、2014年6月29日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャー・ナノテクノロジー」のオンライン速報版で公開されます。

ニュースリリース
量子固体物性研究グループ

 ナノテクノロジーは、物質をナノメートル(ナノは10億分の1)レベルのサイズで設計・加工することで、もとの物質にはない新しい物性や機能性を持たせることを可能にします。特に「量子ドット」と呼ばれる構造では、電子をナノメートルレベルの領域に閉じ込めることで、量子力学的な効果を活かすことができます。そのため量子ドットは「人工原子」とも呼ばれ、光・電子デバイス、ディスプレイ、バイオ、太陽電池、量子情報処理など様々な分野での応用が期待されています。しかし、素子が微細化するほど構造加工の誤差の影響が大きくなるため、従来のリソグラフィーや自己形成による手法では、特性のばらつきが避けられず、微細加工の精度向上が課題とされてきました(図1)。
 半導体基板表面において原子精度で精密な量子構造の形成と特性評価が可能になれば、10年後に実現が期待されている、ウエハスケールの半導体技術と原子・分子制御技術の融合による新しい集積回路技術の実現※10に向けた大きな一歩となります。NTT物性科学基礎研究所(以下、NTT物性研)では、高品質半導体薄膜の成長技術と低温STM技術を活かし、これまでに半導体ナノ結晶や吸着原子などにおける量子状態の観測に成功してきました。さらに従来のナノ加工技術の限界を超える新たなアプローチとして、PDIと連携し低温STMを用いた半導体表面における原子操作技術を培ってきました。

今回、NTT物性研、PDI、NRLの研究チームは、位置・サイズが従来の加工精度をはるかに凌ぐ原子1個の誤差もない究極の精度をもった量子ドット(人工原子)と、それを自在に組み合わせたナノ構造(人工分子)の作製に世界で初めて成功しました。
 本研究のナノ加工技術は、低温STMを用いた原子操作の手法(図2)を用い、MBE法による高品質な半導体薄膜の清浄表面(図3)にできた「くぼみ」に原子をブロックのようにはめこむことにより、同一の特性を持つ量子ドットを複数、再現性良く作ることを実現しています(図4)。また、約10 nm四方の領域に数nmサイズの量子ドットを3個集積化することにも成功しており、これは局所的な集積度では現在のコンピュータで使用されているLSIの約1000倍に匹敵し、集積化という面でも極限に近いレベルと言えます。

行った実験の説明

  1. イオンを横一列に並べて単一の精密量子ドットを作製し、内部の量子状態が半導体側の電子状態の閉じ込めで実現されていることを確認しました。(図4, 図5
  2. 精密量子ドット(イオン6個で構成)2つで人工分子を形成し、結合性及び反結合性の状態が形成されること、及び人工分子毎の量子状態の誤差が、測定環境の熱揺らぎと同程度に抑制されていることを確認しました。(図6
  3. 精密量子ドット(イオン6個で構成)3つで人工分子を形成し、構造の原子レベルの乱れでも、微小な半導体量子構造では特性に大きな影響が現れるという、理論計算の予測と一致する特徴を実験により確認しました。(図7

技術のポイント

  1. 原子操作による量子構造形成
    インジウム(In)原子はインジウム砒素(InAs)※11表面に吸着すると自ら電子を1個放出して一価イオンになります。STMを用いると、表面の原子配列を観察できるだけでなく、表面にある原子を1つずつ拾って自由に別の場所に置く原子操作ができます。今回、PDIのSTM原子操作技術により、多数(6 ~ 25個)のIn原子をブロックのように自在に並べることで、量子構造を実現しています。このイオン列が人工原子の「核(コア)」の役割を果たし、生じたポテンシャル井戸中に電子を閉じ込めます。
  2. 高品質単結晶半導体薄膜(111)A表面の活用
    原子を並べる基板にはInAsの(111)A表面を使いました。InAs(111)A表面には化合物半導体表面特有の原子配列に起因する「くぼみ」が周期的に並んでいます。その「くぼみ」にIn原子を「ブロック」のように固定することにより、原子レベルでまったく誤差のない構造制御が可能になります。今回の実験ではNTTの結晶成長技術を活かし、MBE成長した原子レベルで平坦なInAs(111)A清浄表面を用いています。MBE成長後、保護膜(アモルファス砒素膜)で覆った基板をPDIに搬送し、超高真空STM装置内で保護膜を除去することで、原子操作に最適な(111)A清浄表面が準備されました。
  3. 理論計算による人工原子・分子の物性解析・設計
    人工原子・分子の物性設計と解析には、NRLのスーパーコンピュータを駆使した密度汎関数法(DFT法)※12による計算が威力を発揮しました。これにより人工原子に閉じ込められた電子状態が、表面に配列した吸着In原子の原子軌道に起源を持つものではなく、半導体表面にある電子状態が閉じ込められて量子化されたものであることがわかりました。また、複数の人工分子の比較により、作製した人工分子の特性には原子1個による誤差もないことが確認されました。

本研究の成果は原子・分子エレクトロニクスと半導体薄膜技術の融合による、新しい電子技術の開拓に向けた研究に発展させていく予定です。多数原子の集積化で新たに現れる量子現象を明らかにし、また半導体ヘテロ構造と原子集積構造の相互作用を明らかにすることで、整った半導体微細構造を活用した量子コンピュータ素子や次世代の高機能半導体素子への応用を目指します。

論文掲載情報

S. Fölsch, J. Martínez-Blanco, J. Yang, K. Kanisawa and S. C. Erwin
"Quantum dots with single-atom precision"
Nature Nanotechnology (2014).

用語解説

※1 ... 量子ドット
縦・横・高さのいずれもが、自由電子のド・ブロイ波長(1 ~ 100 nm)以下の寸法で、その内部に電子を閉じ込められるようにした微細構造を、量子ドットまたは量子箱と呼ぶ。内部に閉じ込められた電子は、その状態が量子統計力学に従う様になるため、量子コンピュータ実現の鍵を握る、基本素子構成要素(量子ビット)の一つとして注目されている。

※2 ... 人工原子・人工分子
電子状態の殻構造や電子充填のフント則等、天然原子が示す特徴的な性質を再現するように作製された微細構造を人工原子と呼ぶ。半導体で作製した量子ドットは、人工原子として振る舞うことが知られている。また、人工原子を並べ、天然分子と同様の性質を示すようにした構造を人工分子と呼ぶ。

※3 ... 分子線エピタキシャル成長法 (Molecular Beam Epitaxy: MBE法)
基板上に結晶方位が揃った単結晶が成長する際の結晶成長様式を、エピタキシャル成長という。MBE法は、超高真空下(10-8 Pa以下)において、高純度原料をビーム状の原子・分子気体にして基板に照射しエピタキシャル成長を行う気相成長法。一原子層レベルの膜厚制御が可能で、単結晶薄膜積層法として半導体分野を支える必須技術の一つ。

※4 ...走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope : STM)
先端を研磨して原子1個のレベルまで先鋭化した導電性の針(プローブ)を、導電性の物質表面に1nm程度以下の距離まで近づけて両者の間に電圧をかけ、流れるトンネル電流を計測しながら針を走査して得られる信号を使い、表面の原子配列構造や電子状態を観測できるようにした、「原子が見える」顕微鏡。

※5 ... 原子操作(アトムマニピュレーション)
先端が原子レベルで尖った針を使い、表面にある原子を一つずつ、抜き取ったり移動させたりすることで、表面の原子配置を自在に操作する方法のこと。自然界に存在せず、また化学反応でも作ることのできない原子配列や原子集積構造を、原子精度で精密に作製できる、ナノ科学・ナノ技術において重要な手法の一つ。

※6 ... 単一光子源
光を含む電磁波は全て、波動性と粒子性の両方を併せ持つ量子の一つであるが、粒子性に着目したときの電磁波の最小単位を光子(フォトン)と呼び、電磁波の放射を光子1個の精度で精密に制御できるようにした素子を単一光子源と呼ぶ。光を使った通信や情報処理の高性能化に欠かせない基本素子の一つ。

※7 ... 量子ビット
ビットとは、コンピュータで使用される情報の最小単位を表す。従来のコンピュータでは、1ビットが「0」又は「1」のどちらかの値を必ずとる古典ビットの列を使って計算が行われる。量子ビットは、量子コンピュータの心臓部を構成する単位素子で、量子状態の持つ「重ね合わせ」という特徴により「0」と「1」」がそれぞれ確率pとq(p + q = 1)となるような任意の状態(純粋状態)が実現できるように作製される。量子ビットの性質に量子ビット間の「もつれ」と呼ばれる相互作用を取り入れた量子ビット列を構成することにより、飛躍的に情報処理速度が向上した量子コンピュータが実現できると考えられている。

※8 ... ナノ構造
縦・横・高さのいずれかが、100 nm未満の寸法となるように造形・加工された構造をさす。広義には、そのような構造を内包する、又はそれを組み合わせて製作された構造のこと。小さい寸法により、素材の元素組成だけでは説明がつかない性質を示すため、未来を担う新技術への応用が様々な分野で期待されている。

※9 ... Beyond CMOS
「ムーアの法則」に基づき、プロセス技術の基準となる寸法を小さくスケーリングすることで微細化や高集積化を行い集積回路の高性能化を実現する、現在の半導体技術(CMOS技術)の基本コンセプトは、小さくできる寸法に下限があるため間もなく限界に達すると言われている。シリコンと異なる材料や新しい動作原理に基づく素子を使って、その限界を打破しようとするコンセプトをBeyond CMOSと呼ぶ。

※10 ... ウエハスケールの半導体技術と原子・分子制御技術の融合
ナノ構造に関わる科学技術の未来予想図が、様々な学会や団体によって学術的・技術的ロードマップとして提示されている。ロードマップでは、今からおよそ10年後の2025年頃に、現在の半導体製造技術に原子レベルの超微細構造を精密に組み込む技術が加わった、新しい集積回路技術の実現が予想されている。

※11 ... インジウム砒素(InAs)
インジウム(In)と砒素(As)の化合物で閃亜鉛鉱型の結晶構造をとる。結晶は、幅が極低温で0.42 eVの禁止帯が存在する直接遷移型エネルギー帯構造を持った半導体。超高速で動作する電子素子や赤外線領域で動作する光素子を作製するために重要な材料の一つ。結晶表面には電子蓄積層が形成され易く、極低温でも高い電気伝導度を示すことが多い。

※12 ... 密度汎関数法(Density Functional Theory : DFT法)
原子や分子が多数集まった系の量子状態を調べるための理論計算方法の一つ。系全体が力学的に平衡になる(エネルギーが最低になる)状態をスーパーコンピュータを使った数値計算によって導き出すことにより、結晶や表面における電子のエネルギーバンド構造や、表面における安定な原子配置を精密に知ることができる。結晶やその表面で観測された物性を理解したり、シミュレーションにより新しい物性の可能性を予測する上で重要な手法の一つ。