NTT物性科学基礎研究所

Latest Topics

グループ別Topics

機能物質科学研究部
量子電子物性研究部
量子光物性研究部
ナノフォトニクスセンタ
理論量子物理研究センタ
BackNumber
2014年07月21日

高純度半導体における電子の結晶化の観測に成功

~ 核磁気共鳴を用いて電子結晶のミクロな構造を探る ~

 NTT物性科学基礎研究所(以下 NTT物性研)と独立行政法人科学技術振興機構(以下 JST)は、核磁気共鳴(NMR)※1を用い、半導体ヘテロ構造※2において、低温かつ強磁場で電子が結晶化する様子を観測することに成功しました。これは、電子が結晶のように整列することで電子スピン※3が核スピン※4に及ぼす有効磁場※5が空間的に変化することを利用したもので、高純度の半導体ヘテロ構造と高感度の抵抗検出NMR法を用いることで初めて可能になりました。
 80年前に理論的に予言された「ウィグナー結晶」と呼ばれるこの電子の結晶状態については、これまで電磁波の共鳴吸収など間接的な情報しか得られていませんでしたが、今回の実験により、そのミクロな構造が初めて明らかになりました。この成果は、NMRが半導体中の電子のスピンだけでなく、電荷や軌道の状態を調べるのに有力な手法であることを示しており、今後、ウィグナー結晶以外のさまざまな電子状態の解明や、新たな物性の開拓につながるものと期待されます。また、不純物によって生じる電子分布の変化をナノメートルスケールで調べるなど、電子デバイスをナノレベルで評価する手法として有用な技術になると考えられます。

この成果は、2014年7月20日(英国時間)に英国科学誌「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されます。

ニュースリリース
量子固体物性研究グループ

 物性科学の大きな目的の一つは、物質による物性の違いをミクロなレベルで理解し、それを応用し、さらに新しい物性を開拓するための指針を得ることです。そのためには物質中の電子の振る舞いをミクロなレベルで理解することが必要です。
 金属や半導体がよく電気を通すのは、その中に自由に動き回ることのできる電子が数多く存在し、それらが外部から加えられた電界の向きに応じて移動することができるからです。これらの電子は「自由電子」と呼ばれ、背景にある金属や半導体を構成する原子や他の電子の影響がないかのごとく、固体の中を真空中のように自由に動き回ることができます。このような電子の状態は、分子にとっての気体状態と似ており、自由電子ガスと呼ばれます。
 これに対し、電子間の相互作用の効果が強い場合、電子の集団は相互に相関を持ちながら液体中の分子のように互いの位置を変えて移動することができます。このような状態は「電子液体」とも言うべきもので、物性の分野ではよく知られています。
 一方、電子が結晶化して固体の状態になる可能性については、1934年にハンガリー出身の物理学者ウィグナーよって理論的に予言されました。電子は波長の長い波として空間的に広がった方が運動エネルギーを下げられる一方、クーロン相互作用※6によって反発しあうため、粒子として空間的に局在した方が相互作用のエネルギーは下がります。電子の平均運動エネルギーと相互作用エネルギーの比は電子密度によって決まるため、密度を下げていくと、あるところで相互作用の効果が勝り、電子が結晶化する可能性があります。
「ウィグナー結晶」と呼ばれるこの状態は、これまでの実験では、低温の液体ヘリウム表面上の非常に密度の低い2次元電子系※7と、強磁場中の半導体2次元電子系においてその存在が確認されています。半導体中では試料に含まれる不純物の存在により、低密度では電子間の相互作用よりも不純物ポテンシャルの効果が強くなるためウィグナー結晶の観測は困難になりますが、強磁場中では電子の運動エネルギーが量子化されるため、より高い密度でも結晶化が起こります。これらの実験では、電子の結晶化を示す証拠として、電磁波の吸収スペクトルに固体特有の励起モード※8が観測されています。一方、固体のもう一つの特徴、すなわち電子間の距離が固定され、電子の密度が空間的に変化している様子を直接的に示す実験はなく、電子結晶のミクロな構造を調べるすべはありませんでした。

 今回、NTT物性研とJSTの研究チームは、砒化(ひか)ガリウム(GaAs)と砒化アルミニウムガリウム(AlGaAs)のヘテロ構造中の高移動度2次元電子に対して、GaAs層を構成する砒素(ひそ)(As)原子のNMR測定によって、電子系が低温・強磁場中で結晶化していることを直接的に示す結果を得ました。核スピンの共鳴周波数は電子スピンが作る有効磁場によってわずかに変化します。この変化はナイトシフトと呼ばれ、NMRはこのナイトシフトを測定することで電子スピンに関する情報を得ます。今回の実験では、ナイトシフトが電子の局所密度に比例することを利用して(図1)、電子の結晶化によって局所密度が2次元面内で変化している様子を観測することに成功しました。さらに電子結晶の波動関数※9を用いたシミュレーションと実験の比較により、電子結晶のミクロな構造が初めて明らかになりました。

行った実験の説明

2次元平面に閉じ込められた電子に垂直に強い磁場を加えると、電子の運動エネルギーが量子化され、電子はとびとびのエネルギーを持つ準位に収容されます。各準位が収容できる電子の数は磁場の強さによって決まり、電子でいっぱいになっている準位の数を表す「占有率」νが電子状態を決める重要なパラメータとなります。例えば ν = 2では基底準位の上向きスピンと下向きスピンの状態が電子でいっぱいになり、密度が一様でトータルの電子スピンがゼロの不活性な状態となります。今回の実験では磁場を一定として基板に印加する電圧によって電子密度を変化させ、ν = 2の状態に付け加えた電子や、ν = 2から電子を取り除いてできた空孔(ホール)の様子を調べました(図2)。

  1. 磁場6.4テスラにおいて、ν = 2のまわりで占有率を変えて75AsのNMRスペクトルを測定しました(温度50ミリケルビン※10)(図3)。観測されたスペクトルを電子密度が面内で一様な場合に予想されるスペクトル(図の破線)と比較することで、5/3<ν<2と2<ν<11/5の範囲で、電子密度が面内で一様でない状態が形成されていることが明らかになりました。
  2. 基底準位と励起準位の波動関数をもとにν = 2に加えた電子やホールが三角格子状に結晶化した場合の密度の面内分布を計算し、NMRスペクトルをシミュレーションしました。シミュレーションは実験で観測されたスペクトルの特徴を良く再現しており、結晶格子点に局在している電子・ホールの空間分布が明らかになりました。これにより、電子結晶のミクロな構造に対する電子相関の効果が明らかになりました(図4)。

技術のポイント

  1. (1)高移動度2次元電子試料を用いてウィグナー結晶を明瞭に観測
    電子の結晶化は電子間のクーロン相互作用に起因します。試料に含まれる不純物が多いと、電子は他の電子との相互作用よりも不純物ポテンシャルの影響をより強く受けるため、ウィグナー結晶状態の観測には不純物の濃度を最小限に抑える必要があります。今回の実験ではNTT物性研の結晶成長技術を活かし、高電子移動度を有するGaAs/AlGaAsヘテロ構造試料を用いることで、不純物の影響を最小限に抑え、ウィグナー結晶状態を明瞭に観測することに成功しました。
  2. 抵抗検出NMR法を用いた局所電子密度の測定(図1図5
    NMRでは電子スピンが作る有効磁場による核スピンの共鳴周波数のわずかな変化を測定します。しかし、通常の方法では信号強度が弱いため、2次元電子一層に対する測定は困難です。今回の実験では、研究チームが独自に発展させた抵抗検出NMR法を用いました。抵抗検出NMR法は、核スピンの共鳴を2次元電子系の抵抗の変化として検出することにより、基板や他の層に含まれる同種原子の影響を取り除き、測定対象である2次元電子と相互作用している核スピンからの信号を選択的かつ高感度で検出することを可能にします。これにより、結晶化した電子の局所電子密度の変化を表す特異なNMRスペクトルを明瞭に観測することが可能になりました。

 今回の成果は、NMRが半導体中の電子のスピンだけでなく、電荷あるいは軌道の状態を調べるのに有力な手法であることを示しています。特に核スピンが持つ空間分解能により、ナノメートルスケール(ナノは10億分の1)で電子状態のミクロな情報が調べられるのは大きな利点です。今後、ウィグナー結晶以外の、電荷やスピンが空間的な秩序を持った電子状態のミクロな構造を解明する研究に発展させていきます。また、不純物のランダムな分布によって生じる電子密度の空間的な不均一を定量的に調べることも可能になります。電子の空間分布の均一性を定量的に評価することは、ナノメートルスケールの微細化が進む電子デバイスにおいて、素子ごとにばらつきのない特性を得る上で重要な技術になると考えられます。

参考

本研究は、NTT(代表研究者:村木康二 NTT物性科学基礎研究所 主幹研究員/上席特別研究員)とJST(戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「平山核スピンエレクトロニクスプロジェクト」(研究総括:平山祥郎 東北大学大学院理学研究科 教授)物理研究・結晶成長グループ(グループリーダ:村木康二))の共同研究として行われました。本研究における理論モデルおよび結果の考察は、東北大学大学院理学研究科 柴田尚和 准教授との議論により得られたものです。

論文掲載情報

L. Tiemann, T. D. Rhone, N. Shibata, K. Muraki
"NMR profiling of quantum electron solids in high magnetic fields"
Nature Physics (2014).

用語解説

※1 ... 核磁気共鳴(NMR)
磁場中で原子核が固有の周波数で電磁波を共鳴吸収する現象。原子核の化学結合や周囲の電子の状態によって共鳴周波数がわずかに変化するため、分析や物性測定に使われる。

※2 ... 半導体ヘテロ構造
GaAsとAlGaAsなど異なる半導体を接合させた層構造。半導体はそれぞれ固有のエネルギーバンド構造を持つが、異なる半導体を接合させることで、もとの半導体やその混晶にはない特性が得られる。半導体レーザや高電子移動度トランジスタなどで使われている。

※3 ... 電子スピン
電子は量子力学的な粒子であり、その量子状態を記述する変数として空間座標(位置)以外の内部自由度をもつ。この内部自由度を電子の自転に例えてスピンと呼ぶ。周回運動をする電子の角運動量は、軌道運動による軌道角運動量に、この内部自由度に付随したスピン角運動量が加わる。電子スピンは電子が持つ磁石としての性質(磁気モーメント)の起源であり、強磁性体が磁力を持つのは、電子のスピンの向きが揃っていることによる。磁場中ではスピンの回転軸が磁場の方向を向いた状態(上向きスピン)と逆方向を向いた状態(下向きスピン)にエネルギー準位が分裂する。

※4 ... 核スピン
原子核を構成する陽子と中性子が持つ角運動量の合計を核スピンという。核スピンは原子核がもつ磁気モーメントの起源であり、原子核の種類によって固有の値を持つ。NMRは磁場中で分裂した核スピンのエネルギー準位間の遷移を用いている。

※5 ... 有効磁場
電子や原子核など量子力学的粒子の間に働く相互作用が粒子のスピン状態に依存する場合、その相互作用を一方が他方に及ぼす有効磁場として考えると便利なことが多い。電子スピンと核スピンの間には相互作用が働いており、NMRの場合、それを電子スピンが核スピンに及ぼす有効磁場として考えることができる。

※6 ... クーロン相互作用
電荷を持つ粒子の間に働く相互作用で、その力の大きさは粒子間の距離の2乗に反比例する。2つの粒子が持つ電荷が逆符号(プラスとマイナス)の場合は引力、同符号(プラス同士、マイナス同士)の場合は斥力となる。電子はマイナスの電荷をもつため、クーロン相互作用によってお互い反発しあう。

※7 ... 2次元電子系
GaAs/AlGaAsなどのヘテロ構造では材料によるバンドギャップの違いによって電子をヘテロ界面近傍の数ナノメートルから数10ナノメートルの狭い領域に閉じ込めることができる。閉じ込められた電子の運動は界面に沿った2次元面内に限定されるため、そのような系を2次元電子系という。他にSi/SiO2界面、グラフェンなどの単原子層物質中、液体ヘリウム表面上における2次元電子系などがある。

※8 ... 固体特有の励起モード
固体と液体の違いとして、固体中では縦波と横波が伝わるのに対して、液体中では縦波しか伝わらないことが挙げられる。横波が伝わるのはせん断応力(物体内部のある面に沿って物体の片側をずらすように作用する応力)に対する弾性(剛性)によるもので、固体に特有の性質とされている。強磁場中の半導体2次元電子系では、不純物にピン止めされたウィグナー結晶ドメインの振動を表す励起モードが観測されている。このモードはその周波数が結晶の剛性率によって決まり、電子の結晶化を表すものと考えられている。一方、液体ヘリウム表面上の2次元電子系では、電子の結晶化を示す証拠として、電子の集団運動と液体ヘリウムの表面弾力波が結合した励起モードが観測されている。

※9 ... 波動関数
量子力学的な粒子である電子は、その位置と運動量を同時に定めることができない。電子の状態は量子力学を記述するシュレーディンガー方程式を解くことで得られる波動関数と呼ばれる座標と時間の関数によって記述される。ある位置における電子の存在確率はその点における波動関数の絶対値の2乗によって与えられる。強磁場中の半導体2次元電子系のウィグナー結晶では、結晶化した電子の存在確率は格子点のまわりに有限の広がりを持って分布しており、そのミクロな構造は波動関数によって記述される。

※10 ... ミリケルビン
温度の単位。1ミリケルビンは0.001ケルビンで、0℃は273.15ケルビンに相当する。