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2017年02月07日

「勝つための脳を鍛える」スポーツ脳科学プロジェクト発足

~第一弾として、東京大学運動会硬式野球部、慶應義塾体育会野球部の協力を得た研究に着手~

日本電信電話株式会社(以下 NTT)は、NTTグループのAI関連技術 corevo™の研究開発の一環として、スポーツにおける「心」と「技」を鍛える新しいトレーニング法の確立をめざし、スポーツ脳科学(Sports Brain Science:SBS)プロジェクトを2017年1月に発足しました。そして、第一弾として東京大学運動会硬式野球部、慶應義塾体育会野球部の協力のもと、多様な能力を持つアスリートのパフォーマンスと、脳情報処理の特性の関係を明らかにする研究を本格的に開始します。

ニュースリリース
分子生体機能研究グループ

スポーツでは「心・技・体」と言われるように、強靭でしなやかな「体」に加えて、身体を最適に操るための「技」、メンタル状態を自在にコントロールできる「心」が重要とされています。しかし、従来のスポーツ科学のアプローチは主に「体」のメカニズム解明に焦点が当てられ、「技・心」のメカニズムは科学的に解明されていない部分が多くあります。SBSプロジェクトでは、NTTの研究所で長年培ってきた脳科学的な研究アプローチと最先端の情報通信技術(ICT)を融合し、アスリートの無自覚的(潜在的)な脳の働きを解明することで、勝つための「心」と「技」を支える脳を鍛えることをめざします。

図2.SBSプロジェクトの取り組み

アスリートは特殊な脳情報処理メカニズムを駆使して、ハイレベルなパフォーマンスを実現しているといえます。特に、瞬間的な対人インタラクションが起きる競技においては、脳の潜在的な情報処理が特に大きな役割を果たします。例えば、野球での投手と打者の対戦において、ボールを打つという動作は、投手からボールがホームベースに届くわずか0.5秒程度のうちに行われます。そこでは、打者の脳が、ボールの軌道を見極め、スイングするかどうかを瞬時に意思決定し、ボールの軌道に合わせて最適なスイング軌道を生成する、という非常に複雑な一連の情報処理を行っています。この一連の処理は、選手自身がボールの軌道を知覚する処理よりも短時間で実現されている場合が多く、この無自覚的(潜在的)な脳の働きこそがアスリートのパフォーマンスを決定付けているといっても過言ではありません。このような潜在的な脳情報処理メカニズムの解明には、最先端のセンシング技術とデータ解析技術を活用して運動中に身体の表層に現れる微小な変化を正確に捉え、その変化を生み出す情報処理メカニズムを推定する脳科学的なアプローチが有効だと考えられます。
これまでにもNTTの研究所では、部門横断チームにおいて、hitoe®*1による生体計測技術を用いたメンタル状態の推定や、アスリートの身体運動の特徴を可聴化し直感的にフィードバックする技術など、スポーツをターゲットとした基礎研究に取り組んできました。この基礎研究の上に立ち、さらにアスリートの実戦での潜在的な脳情報処理メカニズムに迫るためには、実戦中でアスリートの身体の表層に現れる微小な変化を正確に捉え理解することが必須となります。そこで、本年1月からはSBSプロジェクトを正式に発足し(プロジェクトマネージャ:柏野牧夫上席特別研究員)、アスリートやチームと密に連携した研究を開始しました*2

SBSプロジェクトの取り組み

第一弾の取り組み

SBSプロジェクトでは、瞬間的な対人インタラクションが鍵となる競技の一つである野球・ソフトボールに焦点を絞り、脳の潜在的な情報処理の役割の解明をめざします。その第一弾として東京大学運動会硬式野球部、慶應義塾体育会野球部の協力を受け、多様な能力を持つ選手の脳情報処理の特性とパフォーマンスとの関係を明らかにする研究を本格的に開始します。ここでは、従来からの実験室での脳機能計測に加え、スマートブルペン*3および実戦での生体情報計測を実施し、様々な条件下での生体情報とパフォーマンスの関係を解析します。

  1. 脳科学的アプローチによる選手個人の特性評価とパフォーマンスの関係の解明
    計測環境を整えたスマートブルペンでの投球動作、打撃動作の精緻な生体計測と、従来から行っている実験室での脳機能計測および評価を並行して実施し、脳情報処理における選手個人の特性とパフォーマンスとの関係の解明をめざします。脳機能の評価には、表層的な身体反応、特に眼球の動きから心の状態を深く読み取るbody-mind reading技術*4などの独自の解析技術を活用します。
  2. 実戦でのメンタル状態がパフォーマンスへ与える影響の解明
    生体情報センシング技術hitoe®を活用して実戦での生体情報を計測し、選手の運動量変化では説明できない心拍数の変化を捉えます。この変化から推定されるメンタル状態と、映像データやスコアデータから推定されるケーム中の選手のパフォーマンスとの関係の解明をめざします。

今後の展開

SBSプロジェクトでは、今後、ジュニアからアマチュア、プロのレベルまで様々な層のアスリートと連携し、アスリートが持つ潜在的な脳情報処理メカニズムの解明をめざします。ここで得られる知見は、野球のほかにも、例えばテニスやバドミントン、さらには格闘技など、瞬間的な対人インタラクションが勝敗を分ける様々な競技におけるアスリートのパフォーマンス向上につながるほか、長期的な計測を通じて、選手の能力発達,才能の早期発見など、選手の育成に役立つ知見の獲得にもつながります。そしてこれらの知見をもとに、アスリートの脳を鍛えパフォーマンス向上を支援する新しいトレーニング手法の確立をめざします。

※「corevo」は日本電信電話株式会社の商標です。
※ 2017年2月16日~17日に開催の「NTT R&Dフォーラム2017」にて本発表に関する展示を行いました

用語解説

*1 ... hitoe®
東レ株式会社と日本電信電話株式会社が共同で開発した生体情報を計測可能な機能素材。

*2 ... SBSプロジェクト
http://sports-brain.ilab.ntt.co.jp/index.html

*3 ... スマートブルペン
投手や打者のパフォーマンスと身体運動や筋活動、心拍数など種々の生体情報を同時に測定可能なブルペン。

*4 ... body-mind reading
生体情報から、脳情報処理メカニズムを推定する技術