グラフェンやカーボンナノチューブの電子状態の研究をしています。 グラフェン・ナノチューブで起こるさまざまな現象を、 色々な側面から研究することを心がけています。 ターゲットはグラフェン・ナノチューブに絞っていますが、 新しくて汎用性のあるアイデアや簡単な法則に興味があります。 以下では、グラフェンのエッジ状態の研究成果について説明します。 ナノチューブ・ナノホーンの研究成果についてはこちら。 学会発表や論文のリストは こちらのPDFにございます。 出版論文へのリンクはこちらです。

グラフェンのエッジ状態

Deformation-induced gauge field for the edge states

左図はグラフェンのジグザグ端付近に存在する端状態(エッジ状態) の特性を有効理論の観点から示したものです。 端のない周期的なグラフェン(図の一こま)の電子状態は、 いわゆるワイル方程式で記述できます。 周期的なグラフェンにジグザグ端を生成するような切り込みを入れる操作は、 切り込みに沿ったベクトルポテンシャルをワイル方程式に導入することと同じ であることを示しました(図の二こま)。 このベクトルポテンシャルは、切り込みに沿って、 グラフェン面と垂直方向に「磁場」があることに対応します(図の三こま)。 この「磁場」がエッジ状態の存在と密接に関係しています。 この「磁場」は「電磁場」に非常に似ていますが同じものではありません。 「幾何学的位相(ベリー位相)」とも異なります。 「磁場」はグラフェン空間のゆがみ具合いを表しています。 ゆがみはフォノンと関係します。興味のある方は この文献[pdf]をどうぞ。 「磁場」アイデアの応用例を知りたい方は エッジ磁性[pdf]、および フォノン振動数変化[pdf]をどうぞ。

ハミルトニアン分解

Hamiltonian Decomposition

左図は有限サイズのグラフェンの格子構造を描いたものです。 強結合モデルで最近接と第二近接の飛び移り積分がある場合を考察して、 第二近接の飛び移りがバルクと境界の摂動に分解できることを示しました。 境界の摂動は、図で黒丸で示した点に井戸型のポテンシャルがあることに対応します。 エッジ状態の波動関数は境界に局在していますので、このポテンシャルの影響を受けます。 例えばエッジ状態はこの井戸型ポテンシャルによりエネルギーが下がり安定化します。 エッジ状態の安定性は最近の実験でも確認されています。 実は第二近接の飛び移りがバルクと境界に分解できることは一般的な格子系で成り立ちます。 物質の境界は、第二近接による井戸型ポテンシャルでコーティングされていて、 電子にとって「居やすい」場所であるといえます。 興味のある方は この文献[pdf]グラフェンにおける量子井戸の作り方をご覧ください。

エッジ状態の超伝導

エッジ状態はフェルミレベル近傍に(広がった状態よりも)高い状態密度を持つので 磁性や超伝導に有利と考えられます。我々はエッジ状態による超伝導を提案しています。 エッジ状態の波動関数は擬スピン偏極しており、強い電子格子相互作用が期待できます。 つまりエッジ状態は単に状態密度が高いだけではなく、強い電子格子相互作用も期待でき、超伝導に有利です。 現在、エッジ状態の超伝導を勢力的に研究中です。仮にエッジ状態が超伝導状態になったと仮定すると ナノチューブ(ナノリボン)は両端が超伝導状態、バルクが金属のいわゆるSNS接合系とみなせます。 人工的なSNS接合系とことなり、今の場合は「天然にできた」SNS接合系となるのが面白いところです。 興味のある方は この解説[pdf]をどうぞ。 「エッジ超伝導」が新聞で紹介されました[pdf]

グラフェン端のラマン分光

グラフェンのラマン分光で観測されるGバンドに関する新しい選択則を見いだしました。 グラフェンのエッジはジグザグ端(トランスポリアセチレンと同じ炭素骨格)とアームチェア端(シスポリアセチレンと同じ骨格)からなり、 端近傍の物性は端から離れた内部の物性とは異なることが知られています。 さらに、ジグザグ端近傍の物性とアームチェア端近傍の物性も全く異なると考えられています。 我々は、ラマンレーザーの偏光がジグザグ端に垂直、またアームチェア端に平行なときにラマン強度が増大する選択則を提案しました。 端でのラマン分光の偏光依存性を調べることでジグザグ端とアームチェア端の識別と、端での特異な電子状態に関する知見が得られます。

アームチェア端におけるラインノード

armchairSTM

グラフェンのエッジは対称性の観点からジグザグ端(トランスポリアセチレンと同じ炭素骨格)と アームチェア端(シスポリアセチレンと同じ骨格)に分類されます。左図はアームチェア端の近くの電子密度をプロットしたものです。 影付きの部分が電子が滞在しやすい場所です。似たような電子密度がSTMと呼ばれる方法で観測されています。 密度がない場所(ラインノード)が3格子分の周期になっていることに注目してください。 これはジグザグナノチューブの1/3が金属、2/3が半導体になることと関係があります。 鮮明なノードの本数からフェルミエネルギーの位置がおおよそ分かります。

Dバンドの偏光特性メカニズム

honeycomb_D

グラフェンエッジでラマンスペクトルをとると、バルクでは通常観測されないDバンドが観測されます。 エッジDバンドには偏光依存性があり、電場がエッジに平行(垂直)の時に最大(最小)の強度になります。 この偏光特性は、Dバンドのフォノンが炭素原子の伸び縮み運動のみからなる特殊なモードであるために、 左の図でkx軸上にある○で示した二つの状態から選択的に放出されることに由来するものです。 真ん中の図は、Y偏光(エッジの方向)の電場がkx軸の電子を強く励起することを表しています。 その励起された電子がDバンドフォノンを放出します。 右の図は、X偏光(エッジに垂直)の電場がky軸の電子を強く励起することを表しています。 叩き上げられた電子はDバンドフォノンを放出すると後方に散乱されてしまうので、 ラマン強度に寄与しません。このために偏光依存性が生じます。興味のある方は この報告書[pdf]をどうぞ。

バレー反対称ポテンシャル

二次元層状物質研究の先駆けとなったグラフェンは、発見から10年が経ち、基礎物性に関する知見が深まる一方で、応用への関心が高まっています。例えば、グラフェンはフレキシブルで、可視光に対して透明、かつ伝導性に優れており、それらの特徴はスマートフォンのタッチパネルスクリーンに適しているとされ、応用が活発に議論されています。他方、ノーベル賞も異例の早さで受賞したグラフェンは“夢の素材”と称されておりまして、そのような革新的材料がスクリーンの代替物にしか使えないとしたら残念です。実際のところ、グラフェンはどれほど革新的な素材なのでしょうか?グラフェンがタッチパネルに採用されたとして、我々が電話したりアプリを起動したりする際には指でスクリーンをなぞるわけですが、その際にグラフェンに何が生じるかを正確に理解できれば、そのような問いに答える一歩になると考えられます。物理的に言えば、指によってグラフェンにもたらされるのは時間と場所に依存した動的なストレイン(格子歪み)がかかるということですが、その時の電子状態を理論的に考察したところバレー反対称なポテンシャルが生じることがわかりました。このポテンシャルの空間微分は”擬電場”の一成分で、従来まで議論されてきた”擬磁場”のコンセプトの発展版になっっています。興味のある方は論文をどうぞ。